トゥトゥーラの島

　高波の押し寄せてくる中、豪太郎はトゥトゥーラを抱えて浜辺を必死に走った。
「どうなってるんだ？」
　付近の天気は荒れやすいと聞いていたが、これほどまでとは思いもよらず。
　その間にも、海や風はますます荒れていく。
　じきに島全体も飲み込まれてしまうのではないか――そんな恐怖に駆られた時だった。
「！」
　トゥトゥーラが震える指で示した先を見て、豪太郎は声を失った。
　雷鳴と豪雨の中、空に浮かんでいるのは――長い胴と尻尾に、四つの足を持つ巨大な――竜としか形容できない生き物だった。

「なによ、あれ！」
　ビーチへ向かう道路で、ねじ子は立ちつくした。
　雨はすでに、体に刺さるような痛さを伴っている。
「マジかよ……五〇メートルはあるぜ」
　ぷぢ子も信じられないといった顔で見つめる。
　そこへ。
「ねじ子さん、社長は！」
　王子とイリアが駆けつけた。
「まだ、見つからないの」
　いまにも泣きそうな顔で、ねじ子が答える。
「ああ、だからお宝探しなんかやめておけばよかったのに……きっと罰が当たったんだ」
　イリアに連れられてきた比須田は、すでに泣き叫んでいる。
「イリア、こいつは？」
　ぷぢ子が憎々しそうに尋ねた。
「くわしく説明してる暇はないけど、たぶん悪い奴よ」
「じゃあ、一発殴っとけ！」
　その声にイリアの鉄拳が飛ぶと、比須田は腹を押さえて力なく崩れ落ちた。
　地上の騒ぎを余所に、竜は雄叫びをあげると島に近づき始めた。
「豪さーん！豪さーん！」
　ねじ子の必死な叫びも、嵐にかき消されていく。

　嵐は止まず、高波は絶えず押し寄せ、見たこともない巨大な怪物がこちらに向かってくる。
　逃げようにも強さを増していく嵐の中で、飛ばされないように立っているのがやっとだ。
　――どうする？
　身動きのとれない中、豪太郎は恐怖に身を縮めているトゥトゥーラを強く抱きしめた。
　――せめて、この子だけでも。
　その時。
　豪太郎の耳に、誰かの声が聞こえた。
　――？
　幻かと思ったが、自分を呼ぶ声は次第に大きくなってくる。


　――！


　ねじ子達の前に、光が広がった。
　稲妻とは違う、太陽のような暖かさと強さを持った光が。
「なに？」
　まぶしさが消えると、ねじ子はふたたび信じられない光景を目にした。
　ぷぢ子もイリアも、王子も我が目を疑った。
　竜の叫びが、おびえたような咆吼に変わった。
　海の中からねじ子達を守るかのように、光り輝く銀色の巨人が現れたのだ。
　その顔は、どこか仏像のように――穏やかだが決意を秘めた表情だった。
　巨人は竜に向き直ると、海の中を猛然と走り出した。
　竜も高度を下げ、巨人に掴みかかろうと襲いかかる。
　飛びついて竜の首を捕らえた巨人だったが、長い胴体が巻き付いて思うように攻撃を加えられない。
　しばらく膠着状態が続いたが、巨人の渾身の力が勝った。
　竜の胴体をふりほどくと、尻尾を掴んで大きく振り回す。
　そのまま勢いよく海面に叩きつけられ、竜はいよいよ狂ったように吼え始めた。
　だが巨人は慌てることなく、間合いを取ると低く腰を落として構えた。
「次の一撃で、倒すつもりなんだわ」
　体術の覚えがある、イリアが叫んだ。
　はたして。
　巨人が両腕を交差すると、竜に目掛けてまばゆい光線が発せられた。
　断末魔の叫びを挙げて、竜が海中へと落ちていく。
　間もなく、爆音と共に巨大な水柱が上がった。
　巨人は敵の最後を見届けると空を見上げ、彼方へと飛び去っていった。

　雨が止み、風が止まり、雲は消えた。
　夕暮れが島を包んでいく。
　ねじ子達はようやくビーチにたどり着いた。
　そこには、傷一つなく横たわるトゥトゥーラの姿があった。
「大丈夫？」
　ねじ子が抱き起こすと、トゥトゥーラはゆっくりと目を開けた。
「この辺に、男の人はいなかった？ほら、レストランで私たちといっしょにいた男の人よ」
　イリアが尋ねたが、トゥトゥーラは黙って海を見つめるだけだった。
「そんな……」
　絶望の思いに駆られ、ねじ子の目から涙があふれ始めた。
　みんな押し黙ったまま、何も言えなくなった。
　波の音とねじ子の嗚咽が、砂浜に染みこんでいく。
　と、トゥトゥーラが立ち上がり、水平線を指さした。
「え、なに？」
　彼女のつぶやきをイリアが聞き取ろうとするが、それより早く
「おーい！」
　聞き慣れた声が、みんなの耳に届いた。
「おーい！」
　はるか沖合で、豪太郎が元気に手を振っている。
「……豪さん！豪さーん！」
　ねじ子が手を振る。
「豪さーん！」
　ぷぢ子が、イリアが、王子が、みんなが手を振って応える。
　豪太郎が、夕陽を背にして力強く泳ぎ始めた。
　穏やかになった波に、ねじ子達も構わず入っていく。
　やがて。
　ねじ子の腕の中に、豪太郎がたどり着いた。
「どこまで流されてるのよ！心配したんだから！」
　涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ねじ子が叫ぶ。
「ごめんごめん、高波にさらわれちゃって。でも、みんな無事で良かったよ」
　普段通りの、落ち着いた声が返ってきた。
「心配掛けてすまなかった。さ、みんなお腹が空いただろう。今夜はガルシアさんにご馳走、作ってもらおうね」
　いつしか陽は水平線の向こうに沈み、空には星が輝いていた。