とまらない想い

【東京・首都高羽田線　大井付近】
　傾き掛けた夕日が差し込むベンツの車内に、クリスマスソングが鳴り響いた。
　後部座席に座る、豪太郎の携帯だった。
　画面を見て一瞬、運転席のイリアに目で合図すると、彼は受話ボタンを押した。
「もしもし？」
「あ、もしもし。ねじ子です」
「どうしたんだい？」
「ごめんなさい。ちょっと年末のお買い物に新宿まで来たんだけど、お財布落としちゃって…会社まで行ってもいい？」
「ああ、構わないけど…警察には届けた？カード、もう止めた？」
「うん。あと、カードとかは別のに入ってたから大丈夫」
　落ち着いた声で、答えるねじ子。
「それならよかった。原稿の方はもう、いいのかい？」
「…え、ええ。なんとか区切りがついたの」
「そう。さいわい、もうすぐ仕事は片付きそうだし、今夜はいっしょにご飯でも食べていこうか」
　豪太郎のやさしい言葉に、ねじ子が喜びの声をあげた。
「うわー、ありがとう。やっぱりあなたって頼りになるわ〜」
「それじゃ、本社のロビーでね」
　夫婦の会話は、つつがなく終わった。
　サングラス越しにルームミラーを見ながら、イリアが豪太郎に声を掛ける。
「来ましたね」
「ああ、すまないが行き先を本社に変更だ。大丈夫、帰りにお店に寄れるくらいの余裕は作るさ」
「ありがとうございます」
「しかし、向こうさんも大胆だね」
　豪太郎のつぶやきに、イリアは少し緊張した面もちでハンドルを切った。

【大阪・梅田　ダイナマイト電器　大阪一号店】
「これで、よしと」
　会社帰りに寄った、家電量販店のゲーム売場。
　年末特有の喧噪をものともせず、草薙室長は、地道な販促活動にいそしんでいた。
　あまたの商品がひしめく棚の中で、自社製品をさりげなく――できれば、ジャケットが見える様に――目立つ位置に置き換える。
　時折、独り言のように
「お、そうやそうや、来週はミカドの新作が発売される日ないか。ひっさしぶりの大物が来よったで。こら、有給取らなあかん」
「なんや、こないなとこにミカドの掘り出しモンが。あれだけ探しとったのに、灯台もと暗しっちゅーのはホンマやね」
などとつぶやいてみる。
　確かに、目立つこと請け合い。
　店員も見て見ぬ振りをするほどに。
　もちろんそんな事で売り上げが変われば営業部なんか必要ないのだが、本人は「千里の道も」と信じてやまない。
　そんな草薙が、ふと手を休めると
「お？」
苦労して並び替えた品々が、元に戻されている。
「なんや、人がせっかく……」
　そう言いかけて、草薙は自分を見つめる目線に気がついた。
　一人の大柄な男。
　年齢は二十代後半と言ったところ。
　ぼさぼさの髪の毛に、脂でぎらぎらと光る眼鏡。
　真冬だというのに、白の短パンにＴシャツいっちょうという姿が不気味だ。
　加えて、ここまで聞こえてきそうなほど荒い鼻息。
　心なし、回りの空気も揺らいで見える。
　ミカドの商品をどかした後には、ギャルゲーの山が並べられていた。
「出しとるメーカーも動かすゲーム機もバラバラ……一見なんの共通性もなさそうに見えるが、オレの目はごまかされへんで。一番上は妹系、二番目の棚はコスプレ系、三番目は脇役の女子キャラが大阪弁。見事に揃えとる。お見受けしたところ、おたく相当の『どマニア』やな」
　草薙のつぶやきが聞こえたかのように、男は大きくうなづいた。
「おっしゃ、オレもミカドにその人ありと言われた草薙や。とことん語り合おうやないか」
　草薙がフィギュアコーナーを顎で示すと、男はゆっくりと歩き始めた。