blusen4

　皇居にほど近い、真新しい高層ビルの最上階。
「わざわざ自筆で断りの手紙を出してくるとは……私も嫌われたものだね」
　不必要に広い社長室で、リチャード・ヤンは誰に言うでもなくつぶやいた。
　手元には、一通の封書。
　クリスマスパーティーへの不参加を告げる、豪太郎直筆の手紙であった。
「まあ、いい。勝負というものは、座して向き合った時、既に決まっているのだからな」
　揺るぎない自信。
　――いったいぜんたい、どこからそんなものが？
　喉まで出かかったその言葉を飲み込んで、中年の男性秘書――比須田は、卑屈に相づちを打つ。
「この際です、若造にビジネスの怖さを思い知らせてやりましょう」
　自らを奮い立たせようとして、いささか言い過ぎた。
　普段なら、経営に口を挟むなだのなんだの、すぐ小言が飛んでくるところだが
「ふふふ、それも悪くないな。鉄は熱いうちに撃てという――出る杭もまた、同じ運命にあるのだよ」
ヤンはご機嫌である。
　それもそのはず。
「監督との会食だが、今夜の七時からだったな？」
　彼は今、買収した球団の事で頭がいっぱいなのだ。
「は、麻布プリンセスホテル、いつもの席を押さえてあります」
　ぎこちない手で電子手帳をあやつりつつ、比須田は答えた。
　ほんとうは長年なじみのある黒皮のやつがいいのだが、目に付くところで自社製品を使ってないと、ヤンの逆鱗に触れてしまうのだ。
　――ご自分だって、携帯の住所録を全消しして、半日泣いてたくせに。
　そんな気持ちを知って知らずか、窓際で外を眺めながら、ヤンはうれしそうにつぶやき始めた。
「野球チームだぞ、オーナーになったんだぞ。来年の開幕戦には、女優を呼んで始球式をしよう。そうだ、チアガールには女子社員も交ぜた方がいいな。みんな、盛り上がるぞ！」
　ヤンはまだ知らない。
　球団買収後、社内の志気が勢いよく下がったことを。
　女子社員のほとんどが、野球に興味のないことを。
　――……。
　比須田の心の中で、今日十二回目のため息がつかれた。
　壁に額入りで飾られた、真新しいユニフォーム。
　シルエットこそポピュラーなものの、アンバランスで落ち着きのない配色とチームエンブレムは、見る者に不安を与えてやまない。
　オーナー自らのデザインでなければ、コンペに参加することすら難しかっただろう。
　全ては順調――そう思いながら、ヤンは上機嫌に球団歌をハミングし始めた。