blusen4

　マンションに囲まれたワンルームで迎える冬の朝は、寒さもひとしおだ。
　割れるような頭の痛みを押さえつつ、ぷぢ子は目を覚ました。
　飲み過ぎである。
　久しぶりに彼氏と会ったうれしさのあまり深酒をしてしまい、そのまま外泊してしまった。
　心なし、体の節々も痛い。
　――シングルベッドに二人寝は、やっぱりしんどいよなぁ……。
　そろそろ身を固めねば、とその度に思う。
　鉛のように重い体を起こしてみると、彼氏――丈一の姿はなかった。
　テーブルには、
「会社、行ってきます。」
のメモが。
　――やっぱり、働く男はいいわ。
　コネとは言え――「会長夫人」である、ねじ子に下げたくない頭も下げて――ジオテックに入れさせて、本当によかったと思う。
　夢を形にするには日々の糧も必要だということが、ようやくわかってきたようだ。
　――ヘタレなくなったよなあ。
　まだ「頼もしい」とは言えないが、確実に「頼りがい」はできつつある。
　年下男の醍醐味とは、育て上げること――そんな思いも浮かんでくる。
　――どれ、お姉さんが部屋の片づけでもしてあげますかね。
　さいわい今日は遅番なので、まだ時間はある。
　――わざとらしくエロ本でもまとめておいてやるか！
　さっそくベッドの下を捜すあたりが、心得ているというか何というか。
　――おっ、この引っかかりは……。
　にやけながら戦利品を取り出してみると、大判でやけに重い雑誌が出てきた。
　――……？
　表紙を飾っている写真は金髪碧眼の少女だが、目鼻立ちはアジア系特有のものだ。
　よく見ると、かつらとカラーコンタクトを付けているのがわかった。
　ページをめくっててみると、目にも鮮やかなコスプレ写真でいっぱいだ。
　衣装やアクセサリーオーダーの広告も載っている。
　ぷぢ子が引き当てたのは、コスプレイヤー向けの専門誌だった。
　――こんなもん、買ってるんだ。
　おたく趣味はなかったはずなのだが、いつの間に感染してしまったのか。
　――どうせ、きわどいコスプレ目当てじゃないの？エロ本代わりに。
　そう思っていると、ひときわ大きな写真が目に留まった。
　青い色の軍服を着たコスプレイヤーたちが、集団でポーズを取っている。
　真ん中にいる男が、妙に気になった。
　背が高いのもそうだが、素人とは思えない着こなしとたたずまい。
　他の写真にも、いくつか写っている。
　どれも隣には、うれしくて仕方がないと言った様子の女性コスプレイヤー達が。
　――いるんだよなぁ、ハーレム作っちゃう奴が。
　現役はとうに過ぎたが、ぷぢ子も流行りのアニメに合わせては衣装をあつらえ、仲間と集まってはコスプレに興じていた頃もあった。
　中には役柄と自分がごっちゃになってしまうのか、ややこしい人間関係のトラブルも多々あったのだが。
　――最近の子は、そこまでのめり込んでくれるのかな。
　そんな気持ちで写真を眺めているうちに、ぷぢ子はある事に気がついた。
　――この子……ひょっとして、丈一？
　照れかくしに、左目をつぶる癖。
　背格好や顔つきも、確かに似ている。
　だがコスプレにハマっているなんて、自分にはひとことも言ってなかった。
　――まさか。
　念のため、部屋の片隅にあるクローゼットをこっそり開けてみた。
　――ビンゴ……。
　件の青い軍服が、きちんとビニールをかぶせた状態でハンガーに吊してあった。
　そういえば冬用だと言って買ったブーツも、写真と同じものだった。
　――まさかあいつ、衣装代稼ぐために働き始めたんじゃ。
　ぷぢ子も腐女子のはしくれである。
　疑念を確信へと変えるべく、妄想がふくらんでいく。

　冬の陽射しがまぶしい、ビッグサイト西館屋上。
　ぎっしりとコスプレイヤーが詰まった広場でひときわ目を引く、丈一のすらりとした立ち姿。
　ありがちな力みもなく、ポーズを解けば自然な笑顔が光る。
「あの、いっしょに撮影よろしいですか？」
　背後から、うわずった女のアニメ声。
「ああ、いいですよ」
　丈一がそう答えるやいなや、
「みんな、来てーっ！」
血走った目つきの女共がわらわらと集まってくる。
　全員同じキャラのはずだが、縦横の比率が明らかに間違っているのも混じって。
　そんな集団に囲まれても微笑みは絶やさないが、
「じゃあカウントいきまーす！」
カメラマンの声に、丈一の顔はきりっと引き締まる。
　フラッシュを浴びる姿も、さまになっている。
　ほれぼれするほどに。
　と、カメラマンが交代するちょっとした間に、丈一がポケットから名刺を取り出した。
　そのまま左隣の女性コスプレイヤーの胸元に、そっと差し入れる。
　イベントの喧噪が終わり、更衣室で普段着に戻った彼女は気づくだろう。
　――彼のコスプレネーム、「ジョー・アイランド」って言うんだ……。

「って、そのままかいーっ！」
　元気よく突っ込みを入れたものの、ぷぢ子の目は少し潤んでいた。

　一方その頃。
　羽田空港と目と鼻の先、釣り船屋が軒を連ねる街にあるゲーム会社、ジオテック。
　役員室に戻ってきた真理子は、目を真っ赤にして自分宛のメールを何度も見直していた。
　――あんな事、言うんじゃなかった……。