大富豪同人物語：Web連載版　２ｎｄシーズン

◆登場人物＆キャスト
ねじ子（主人公）…三石琴乃
豪太郎（ねじ子の夫）…置鮎龍太郎
ぷぢ子（ねじ子の友人）…林原めぐみ
丈一（ぷぢ子の彼氏）…櫻井孝宏

○土曜日、お昼少し前。
　エプロン姿で洗いものをしているねじ子。豪太郎はリビングのテーブルに陣取り、ノートパソコンで調べ物中。ライティングデスクの上で、携帯が鳴る。
豪太郎「メールが来たよ」
ねじ子「はーいはいはい」
　ねじ子、洗いものを終えてから携帯を開く。
ねじ子「あ、ぷぢ子の彼氏からだ」
丈一（メールの文面）「おひさしぶりです。昨年はいろいろとお騒がせいたしましたが、ようやく就職先が決まりました。ありがとうございます」
　豪太郎、顔をねじ子の方に向けて
豪太郎「へー、あのスポーツジムにしたんだ」
ねじ子「私の行きつけのとこね。バイトでインストラクターやってたんだけど、奥様方の受けがよくって。さすがぷぢ子の眼鏡に叶うだけはあるわ……おや、続きがあるね」
丈一（メール）「追伸・ぷぢ子さんに報告に行きたいのですが、最近様子がおかしいみたいなので……できれば、いっしょに付いてきてもらえませんか？お手数をおかけして申し訳ありません　丈一」
　ねじ子、携帯を閉じる。遠くの方を見上げて
ねじ子「またかよ」
豪太郎「せっかく丈一君の就職、決まったのにね。冬コミの時はどうだったの？」
ねじ子「大して変わった様子はなかったけど……とりあえず、行ってきてもいい？」
豪太郎「ああ。車、出すよ」

○車中
　高速を降り、一般道に入る。ハンドルを握る豪太郎。助手席にねじ子。後部座席の丈一、身を乗り出して
丈一「すみません、お休みのところを」
　豪太郎、ルームミラーで丈一を見る。
豪太郎「構わないよ。せっかく就職が決まったんだから、ぷぢ子さんを喜ばせてあげなきゃ」
丈一「ありがとうございます」
　ねじ子、後部座席を向いて
ねじ子「で、どんな風におかしいの。あいつ」
丈一「まあ、普段からおかしい人だったんですけど」
ねじ子「それはわかってる」
丈一「先週末に電話したとき、サッカーの話振ったら急に黙っちゃって。あれだけ好きだったのに、変だなあって思ったんですよ」
ねじ子「なるほど……」
　豪太郎、前を向いて目線だけ助手席。
豪太郎「心当たり、あるのかい？」
ねじ子「うーん、ひとつふたつ」
　カーナビからアラーム。豪太郎、画面を見る。
豪太郎「っと、そろそろだね」
　車、路地を入っていく。

○ぷぢ子の家、玄関
　世田谷の閑静な住宅街、築二十年くらいの庭付き、鉄筋コンクリート三階一戸建て。
　門扉わきのインターホンを押すねじ子。返事がない。
ねじ子「誰もいないのかしら」
　丈一、ブルゾンのポケットから鍵を出す。
丈一「合い鍵もらったんで、これで入りましょう」
　豪太郎、小声でねじ子の耳元にささやく。
豪太郎「彼女、親御さんと住んでるんじゃなかったっけ？」
　同じく小声で、ねじ子。
ねじ子「アレね、平日もなにげに夕食どきに来てるタイプね、丈一君は」
豪太郎「だな」

○ぷぢ子の部屋、入り口
　丈一、ドアに向かって叫ぶ。
丈一「いるんでしょ、ぷぢ子さーん」
　ドアに耳を当てているねじ子。
ねじ子「むむっ、この曲は」
豪太郎「わかるのかい、ねじ子さん」
ねじ子「こ、これはきわめて危険な状態だわ」
丈一「ぷぢ子さーん！」
　丈一、ドアを開ける。勢いで三人いっぺんに室内へ。

○ぷぢ子の部屋
　カーテンを閉め切った部屋。壁一面に鎧と赤いコートの少年が描かれたポスターが貼られ、棚には同じキャラのぬいぐるみ。部屋の真ん中に、同じく赤いコートを着たぷぢ子が座っている。アニメのビデオに釘付け。ねじ子、棒立ちで叫ぶ。
ねじ子「やっぱり！」
　ぷぢ子に駆け寄って頬を叩く。
ねじ子「だめよ、いまそれにハマったらまずいわ！」
　豪太郎、部屋を見渡して。
豪太郎「ま、まずいのかい。これは」
ねじ子「心の透き間が微妙に空いてる三十代がこの作品にはまると、しばらく抜け出せなくなるのよ。まずいわ、やっかいだわ」
豪太郎「もうそんな調査結果が」
ねじ子「いいえ、そうささやくの。私のゴーストが」
　豪太郎、眉間にしわを寄せて。
豪太郎「僕が気まずいよ」
　二人の騒ぎをよそに、ぷぢ子、焦点の定まらない目で画面を見つめたまま。丈一も駆け寄る。
丈一「よくわからないけど、とりあえず僕の話を聞いてよ。決まったんだよ、就職」
　ゆっくりと首をまわすぷぢ子。ゆっくりと話し始める。
ぷぢ子「そう、よかったわね。どこに？」
　丈一、ぷぢ子の肩を掴んで
丈一「スポーツジムのインストラクターだよ。子供向けのサッカー教室も担当するんだ。ぷぢ子さん好きだったんじゃないか、そういうの」
ぷぢ子「サッカー？……ああ、足でボールを蹴り合う、あの野蛮なスポーツね」
　ぷぢ子をのぞき込むように、豪太郎。
豪太郎「これはおかしい」
ねじ子「ね、わかったでしょ」
　丈一、ねじ子を見上げて。
丈一「原因は、なんでしょう？」
ねじ子「原因は、これよ！」
　ねじ子、週刊漫画誌を取り出す。テレビに惚けるぷぢ子の脇で、ねじ子の講釈が始まる。正座して聞く豪太郎と丈一。
ねじ子「今週号で、このサッカー漫画が終わっちゃったのよ！」
丈一「それは、ぷぢ子さんが楽しみにしていたやつですね」
豪太郎「ねじ子さんも楽しみにしてたね。たまに読みながら叫んだりしてたけど」
ねじ子「それはこの際いいです。まあ正確に言えば休載らしいんだけど、節目の話だから主立ったキャラたちが出てくるわけよ」
豪太郎＆丈一「ふむふむ」
ねじ子「もちろん私のイチオシだった子も、ここで出てるのよ」
豪太郎＆丈一「ふむふむ」
ねじ子「でも！ぷぢ子がずーっと応援してたキャラは、ひとっコマも出番がなかったのよ」
丈一「そんなに脇の役でしたっけ」
ねじ子「いちおう、主人公のライバルキャラだったのよ。連載の最初でセリエＡに移籍したんだけど、実力不足を指摘されてどんどん下のクラブに移っていって、気がついたら……うわっ、なにをするやめ」
　目に輝きが戻ったぷぢ子、ねじ子の口をふさごうと取っ組み合いに。
ぷぢ子「ああそうさ、奴は負け犬さ！そしてオレ様は男を見る目がないよ！」
丈一「ひどいなあ」
ぷぢ子「確かに作者はもうサッカー漫画、描くのめんどくさくなってるかもしんない！あの歳で週刊連載二本持ったから、体ぼろぼろかもしんない！でも、節目の話なんだからちゃんと描け！シチリアで荒波蹴って特訓しててもいいから、最後くらいちゃんと出してよーっ！」
　ねじ子にかぶさったまま泣き崩れるぷぢ子。丈一、ぷぢ子の頭をなでる。
丈一「好きなキャラが出てこないって、そんなにショックなんですね」
　ぷぢ子の下で、苦しそうにねじ子。
ねじ子「そ、そうなの。歳を取ると妄想で補うのも苦しくなってくるし…ていうか、く、苦しい」
豪太郎「はいはい」
　二人を引き剥がす豪太郎。
　ねじ子、自分の髪の毛を直しながら
ねじ子「確かに同乗するよ、ぷぢ子。でも、春からの新連載、主役はそっちのイチオシらしいって話だよ」
ぷぢ子「仮にそうだとしても、いままでのペースだとセリエＡに戻るまで三年くらいかかりそうだよ。みんなとっくにチャンピオンズリーグの常連とかだよ」
ねじ子「いや、私は半年で駆けのぼると見たね！」
ぷぢ子「どんな話になるのよ」
ねじ子「新連載の第一話で、奴がクラブハウスの掃除を命じられる。倉庫で古ぼけたボールを見つけると、そこにはかつて神とあがめられたファンタジスタ（＊１）の霊がやどっていた！そいつが試合中にアドバイスしてくれるおかげで、チームは快進撃を始めるわ移籍の話は次々やってくるわ……これを十話までにやっちゃって、とりあえず打ち切りを免れる。あとは宇宙サッカー連盟とか出して、むりやりにでも話を盛り上げる！」
　ぷぢ子、ようやく泣きやんで
ぷぢ子「……なんか、そんな話でも悪くないような気がしてきた。ていうか、どうしてそこまでフォロー考えてくれるの？」
ねじ子「オリンピック代表に奴がいないと、引っかき回すキャラが他にいないじゃん。必然的に話が盛り下がって、作者がまた交通事故ネタ描くかもしれないし。それで私のイチオシがケガしたらイヤだし」
ぷぢ子「ああ、確かに。今までも話に行き詰まると、事故かケガがいきなり起きたよな……あ、なんだかいろいろ妄想が浮かんできたよ！ありがとう！」
　丈一、ねじ子と豪太郎に向かって。
丈一「ありがとうございます」
ねじ子「どういたしまして」
豪太郎「じゃ、これから丈一君の就職祝いに行こうか。さいわい、この辺に知り合いのお店があるんだ」
ぷぢ子「うん、行く行く。着替えるから、ちょっとリビングで待っててね」

○リビングへ向かう廊下
　ねじ子、丈一、豪太郎の三人、歩いている。
豪太郎「いやあ、一時はどうなるかと思ったけど、よかったよ」
ねじ子「ほんとう。丈一君も、これからあんまり年上に負担を掛けないでね」
丈一「はい」
豪太郎「あ、僕車を取ってくるよ」
　豪太郎、外に出ていく。
　ねじ子、深く息を吐くと丈一の肩に手を回して耳元でささやく
ねじ子「おねーさん、この際だから言っておくけどー」
丈一「は、はい」
ねじ子「男は稼いでナンボだから。やさしいとか気が利くとか、そんなもんゼニ取ってきてからの、は・な・し。わかった？」
　丈一、肩をすくめて
丈一「はーい」


（＊１）創造力にあふれた、天才的な才能を持った選手の意味

（２００４年１月２５日、２００字×２５枚）