大富豪同人物語：Web連載版　２ｎｄシーズン

――木曜、朝。秋葉原「ダイナマイト電器」ゲーム館。シャッター前にならんだ客たち（１００人近く）。そこへ悲壮な顔つきで出てくるぷぢ子。手に持ったメガホンで説明を始める。
ぷぢ子「いつもダイナマイト電器をご利用いただきまして、ありがとうございます。お客様にお伝えいたします。誠に申し訳ありません、さきほどジオテックより連絡がありまして、不具合が発見されたため発売が急遽延期となりました」
――客達からいっせいにブーイング。飛び交う怒号。
客Ａ「なんだそれは！」
客Ｂ「ふざけるな！」
ぷぢ子「お怒りはごもっともです。誠に申し訳ありません……物を投げないでください！物を投げないでください！」
――同時刻。大手ゲーム会社ジオテック、社長室。ドアを開けて海老沢部長が入ってくる。
海老沢「おはようございます。弄混（いじりまじり）社長」
社長「……さすがの君も、こんな時ばかりは間に合うようだな」
海老沢「恐れ入ります」
社長「さっそくだが本題に入ろう。（ＤＶＤを取り出す）これは君が企画していたゲームだったな。念のため聞いておくけど、最初の発売予定日はいつだったかな？」
海老沢「１９９８年の３月ですかね」
社長「そう、私が就任する前のことだ。それから５年、延期を何度も繰り返し、ようやく昨日発売されたわけだ」
海老沢「いやー、我ながら難産でしたよ。ひとつのゲーム製作で迎える正月は２回が限界って聞いてたけど、ほんとだったなあ〜。でもこれで一区切りついたことだし、次回作の構想も兼ねて、３ヶ月ほどバカンスでもと考えています。バリがいいかな、モルジブかな。この際だから、中国の奥地で拳法を習ってくるのもいいかな〜」
社長「（青筋を立てながら）３ヶ月か……席が残っているといいんだがね！」
海老沢「いやだなあ社長、そんな事言ってると、もっといい待遇の会社に移っちゃいますヨ？こう見えても私、引く手あまたなんだから！」
社長「……じゃあこのゲーム、産みの親自らの手で起動してみたまえ」
海老沢「いいですよ。ホラ」
――ディスクをゲーム機に入れる海老沢。タイトルロゴに続いて、どこかのカラオケボックスで、女性が歌い始めるムービーが流れる。
海老沢「あれー？なんだこりゃー。社長、ディスク間違えたでしょ〜」
社長「間違えとらんよ。正真正銘、君のゲームだ」
海老沢「えー、だって私のゲームは異世界を舞台にしたファンタジーＲＰＧですよ？なんでこんなショボくれた女が歌ってるムービーなんかが」
社長「バカモーン！画面をよく見たまえ！これは君自身じゃないか！」
海老沢「……あー、そう言われてみれば、スーパーモデルみたいな女が歌ってますね！」
社長「ボケはもういい！現実を直視したまえ！これが昨日、全国のゲームショップで発売されてしまったんだよ！」
海老沢「ということは、これが５０万枚出荷されちゃったわけですね？」
社長「こんなことなら５０枚にしておけばよかったよ」
海老沢「いやだなあ社長、それじゃ同人ソフトみたいじゃないですか」
社長「出来映えは同じくらいだよ。敢えて聞くが、なんでこんなムービーから立ち上がるんだ？」
海老沢「それがですねー。マスターアップ直前に、ムービー担当のやつが辞めちゃいまして〜。しょうがないから私がこれ作ったんですよ。『できる』シリーズ読んで。でも入れるトコ間違えちゃいましたね〜ハハハハ」
社長「笑い事じゃない！全品回収だよ！さんざん待たされたあげくにこれじゃあ、ユーザーのみなさんに申し訳ないと思わんのかね！」
海老沢「ええ、まあ」
社長「それだけじゃない、回収と交換の費用、いったいいくらかかると思うんだね！１本千円としても５億だ。どうするつもりなんだ？」
海老沢「……」
社長「ゲームの中身はともかく、経費だけはなんとかしたまえ。それができなければ、今度こそキミ」
海老沢「……ふっふっふ」
社長「どうした」
海老沢「（おもむろに立ち上がり、窓際まで歩いていく）社長、あなたにとって経営とは何でしょう？」
社長「なんだね、いったい」
海老沢「（眼下の街並みを眺めながら、腕を組む）私にとって経営とは戦いです。戦いとは常に、二手三手先を読んで行うものです」
社長「初めてキミからまともな意見を聞いたな。続けたまえ」
海老沢「『天候デリバティブ』という言葉をご存じですか？」
社長「保険で聞く言葉だな。異常気象のおかげで季節商品が売れなかった場合に、しかるべき補填をする――しかし、キミのゲームは予定から５年も過ぎていて、旬も何もあったものじゃないだろう」
海老沢「はっはっは、私が掛けていたのは『不具合デリバティブ』ですよ」
社長「不具合デリバティブ？」
海老沢「ゲームの発売後に何らかの不具合が見つかった場合、その頻度に応じて金額が支払われる――こんなこともあろうかと、ロイズに話を持ち込んでおいたのです。大丈夫、回収費用にプラスαがついて戻ってきます」
社長「なるほど。妙に手回しが良すぎる気がするが……まあ回収費用ははそれでいいだろう。この５年間に掛かった開発や広告、その他もろもろのカネについてはどうするんだね」
海老沢「ご心配なく。不具合デリバティブと併せてこれだけ契約しておきました。『開発費オーバー保険』『広告費キックバック保険』『社員やめちゃった保険』『ゲーム雑誌の点数が低い保険』『２ちゃんで悪口書かれた保険』『発売日が他社の製品とバッティングした保険』……ご覧ください、このチャートを。どう計算しても、我が社のマイナスにはなりませんよ！」
社長「んー、数字としては大成功なんだが、なにかこう、納得できないなにかが……」
海老沢「いやだなあ、社長。良い物を作ればそれだけで売れるって時代は、とっくに終わってるんですよ？」
社長「キミが言うことないだろう」
海老沢「とにかく、この件では私の責任はないということで。では」
――部屋を出ようとする海老沢、そこへドアが開いて。
ぷぢ子「待てッ！そこの勘違いゲームデザイナー！」
社長「な、何だねキミは」
海老沢「あらぷぢ子さん、お久しぶり。でも今日は個人としてじゃなく、ビジネスとして話をお伺い（ぷぢ子の飛び膝蹴りが腹に入る）グゲッ！」
ぷぢ子「立て！オレやお客様の受けた痛みは、そんなもんじゃないぞ！」
海老沢「うぐぐ……（腹を押さえ、床に倒れる）」
社長「小売りの方ですか？お気持ちはわかりますが、まずは落ち着いてください（インターホンに向かって）警備室、人を寄越してくれ」
ぷぢ子「おう、警備員でも何でも呼べってんだ。こちとらそんなモン、痛くも痒くもねえぞ。オレに言わせりゃ、お前等グラビアアイドルなんだよ！元々尻や乳見せてナンボな奴らのに、ちょっと売れたくらいでヘンな自信持って、女優やりたいだとかアーティスト目指したいだとか抜かしやがって！」
社長「株主総会でもこんな人いなかったのに……（警備員入ってくる）おお、待っていたぞ。あれ、女性警備員？最近入ったのかな……」
女警備員「ハアァッ！（社長の顔をかすめるように回し蹴り。壁に穴が空く）」
社長「あわわわ……」
女警備員「せっかく有給を３日も取ったってのに（帽子を脱ぐ）初日に回収じゃあ、退屈で仕方がないんだよ！」
ぷぢ子「ねじ子？」
ねじ子「（海老沢の胸元をつかんで起こす）海老沢さん、事情は聞かせてもらったよ。最近は便利になったのねえ。で、こっちにもこんなものがあるってわけね（書類の束を取り出す）」
海老沢「……なに、それ？」
ねじ子「『発売日にゲームが手に入らない保険』『クソゲーつかまされ保険』『つまんない言い訳聞かされ保険』。で、この３点セットに入っておくと『リベンジデリバティブ』が半額になるの」
海老沢「リベンジ？」
ねじ子「ターゲットを社会的・精神的に徹底して追いつめてくれる代行業よ。そっちも先手を打ってるみたいだけど、どこまで効くかしらねえ？」
――ビルの入り口。テレビの取材スタッフ、集まってくる。
ねじ子「さ、ぷぢ子。帰ろうか」
ぷぢ子「うん」
――出口へ向かう二人。
社長「き、キミ！」
ねじ子「なんですか？」
社長「『会社が危なくなった保険』は」
ねじ子「聞くなよ！」

（２００３／０３／１６書き下ろし、２００字詰め２１枚８行）