大富豪同人物語：Web連載版　２ｎｄシーズン

――金曜、朝。寝室を出て、辺りをうかがう様におそるおそるリビングへやってくる豪太郎。
豪太郎「ねじ子さん、おはようございます……」
　リビング、真ん中でごろりと横になり、プラズマテレビでＤＶＤを見ているねじ子。
テレビ「グァーッ！グァーッ！
　　　（大音量。獣の叫び声が間断なく続く）」
豪太郎「な、なに見てるんだい？」
――ねじ子振り向かず、ＤＶＤのジャケットを投げて寄越す。あわててキャッチする豪太郎。
豪太郎「えーと、『グレート・ハンティング』っていうの？おもしろいかい？」
ねじ子「（返事がない。画面はライオンが人を食べているシーン）」
豪太郎「そ、そういうのも好きなんだね。帰ってきたら、いっしょに見ようか？」
――ねじ子、答えない。テレビのボリュームがさらに大きくなる。
豪太郎「ご、ごはんいただきまーす」
――キッチンのテーブルに用意された食事。焦げたご飯、アジの頭が生のままブツ切りで入っている味噌汁。どんぶりに山盛りの桜田麩（さくらでんぶ）には納豆が混ぜてある。
豪太郎「ね、ねじ子さんの作ってくれた朝ご飯、おいしいなあ！食が進むよ！」
――泣きながら食べる豪太郎。胸ポケットの携帯が鳴る。メール着信。開いてみると

「じゃあ、全部食えよ。
　　　　　　　　　　ねじ子」

豪太郎「……（涙が味噌汁のお椀に落ちる）」
――お昼前ちょっと前。アキヅキ本社、社長室。デスクに向かっている豪太郎。
イリア「どうぞ」
――コーヒーにドーナッツが添えてある。
豪太郎「……（無言で窓の外を眺めている）」
イリア「社長？」
豪太郎「（はっとして）あ、ありがとう」
イリア「体の具合、よろしいのですか？今朝からずっと、そんなご様子でしたが」
豪太郎「大丈夫、なんでもないよ（コーヒーを受け取る）」
イリア「そうですか。それでは」
豪太郎「あ、イリア君」
イリア「なんですか？」
豪太郎「君、その、アニメの録画って、よくするタイプ？」
イリア「あ、はあ……昔ほどではないんですけど」
豪太郎「昨日は何か録ったかい？」
イリア「ああ、残念ながら。最近は週末ぐらいですね。ビデオをセットするのは」
豪太郎「そうか……」
イリア「なにか、ご覧になりたかった番組でも？」
豪太郎「いや、いいんだ。ありがとう」
――自分のデスクに戻るイリア。ドーナッツをぱくつきコーヒーを飲み干した豪太郎、意を決した表情で電話を掛け始める。
豪太郎「お世話になっています、秋月です。編成局長を……ああ、明石さん？すまないんだけど、そっちで昨日の深夜にやってたアニメ……ええ、そうです、それです。お手数なんですが、マスターテープをですね、少々お借りしたいのですが……いえ、仕事とかじゃなくて。あの、個人的に……いや、僕が見るんじゃないんですけどね……」
――メールをタイプしながらイリア、脇目で様子を眺めている。
イリア「（小声で）ねじ子さん、また留守録をしくじったのね……社長も自分のミスじゃないのに、人がいいんだから……」
――夕方。都内ターミナル駅、コンコース脇の広場。二十代前半とおぼしき男ばかりが十人近く、携帯やノートパソコンを開いて談笑している。彼らの服装、髪型はラフなものばかり。
男Ａ「あー、結構みなさん集まりましたね」
男Ｂ「今日はなんたって『姫』が来ますからね」
男Ｃ「がっかりなタイプじゃないといいなあ」
男Ｄ「じゃーん（携帯を開いて見せる）。待ち受け画像もらっちった！後ろ姿だけど」
全員「うわあー！」
男Ｅ「ロンゲお姉さんキター！（一同笑）」
――そこへ女性、やってくる。アディダスのグラウンドコート、セル縁眼鏡、ロングヘアの上、目深にかぶったニット帽、すべて黒で統一したファッション。
女性「どうも、初めまして（会釈）」
男全員「はじめましてー！」
男Ｅ「うわー、本物だー！」
女性「ふふふ、本物ですよ〜」
男Ａ「お待ちしておりました。じゃ、行きましょうか」
――取り巻き状態で、周りの男達から矢継ぎ早に声を掛けられる女性。近くのビルに入っていく一行、地下の居酒屋へ。
――料理や酒が並べられたテーブル。お誕生席に座る女性。
男Ａ「えーと、乾杯の前に自己紹介をおながいします」
男Ｃ「おいおい、２ちゃん語はやめろよ！（一同笑）」
女性「えーと、ハンドルネーム『シナモン姫』、です。いつも掲示板でお相手くださってありがとうございます（男性陣、拍手）。ご想像と違いすぎて、がっかりしました？」
男Ｄ「いえいえ！」
男Ｅ「ぜんぜん！」
シナモン姫「あー、安心しました（一同笑）。今日は初顔合わせですけど、ちょっとコーフン、じゃない、緊張しちゃいまして、無礼講しちゃうかもしれません」
男Ｆ「構いませーん！」
男Ａ「それじゃあ、乾杯といきますか」
女性Ｂ「すみませーん、遅くなりましたー！」
――もう一人、女性客が来る。やはり帽子にファッショングラス姿。
男性Ａ「えーと、どちら様ですか？」
女性Ｂ「あ、初めまして。『外様大名』です」
男性Ｇ「女の方だったんですか！」
外様大名「ええ。書き込みでは『オレ』『オレ』って連呼するから、男とよく思われるんですよ」
男Ａ「そうだったのかー。じゃあ、シナモン姫さんの隣ってとこで、席作りましょう」
男Ｈ「せっかくだから、男女互い違いに座ろうよ〜」
男Ａ「二人しかいないでしょ！（一同笑）それじゃあ、乾杯しましょう」
全員「かんぱーい」
――シナモン姫、外様大名とグラスをぶつける。
シナモン姫「（相手の顔を見て、小声で）あっ」
外様大名「（同じように、小声で）あぁっ」
――舌打ちする二人。席を無言で立つ。
男Ｅ「あれ。どうしたんですか？」
シナモン姫「ちょ、ちょっとね〜」
外様大名「アハ、アハハハ〜」
――居酒屋、女子トイレ。部屋のドアを閉める、誰もいないのを確認すると、洗面台の前でいきなり首を絞め合う二人。
ねじ子「畜生！久しぶりに独身気分を味わおうと思ったのに、あんたって奴ぁ！」
ぷぢ子「ハッ、独身だか北侵だか知らねえが、笑わせんじゃねえ、『姫』だってよ！」
ねじ子「どんなハンドルネームつけようと、人の勝手でしょ！」
ぷぢ子「あーいいよナー、ネット美人って奴はヨー！オタク男に受けの言いコト書いてりゃ、コミュニティーの人気者だからサー！」
ねじ子「あんただってうまいこと書けばいいじゃない」
ぷぢ子「こちとら、おめえと違って正直者だからヨ！おかげでオトコにも逃げられちまったゼ！」
ねじ子「え、別れたの？例の大学生と」
ぷぢ子「そう決まったわけじゃないけど、たぶんダメだろうさ」
ねじ子「なんかあったの」
ぷぢ子「最近あいつ、就職前にして弱音吐いてたから、『そんなんじゃ社会人なんてやってけねえよ！』って励ましたら、怒り出しちゃって」
ねじ子「またいつもの調子で、強く言いすぎちゃったんでしょ」
ぷぢ子「ああ。やっぱり年上でも、女に意見されるって、気分よくないのかね」
ねじ子「ケースバイケースだと思うけど」
ぷぢ子「あーあ、いつもやっちまってから後悔するんだよなあ、オレ」
ねじ子「そっちもたいへんなんだ。こっちも昨夜からつまんないことで大喧嘩しちゃって。なんかもう今日は帰りたくないって感じ！」
ぷぢ子「おう、つきあうぜ！終電まで遊ぶぞ！」
ねじ子「よっしゃー！」
――オフ会進んで、二次会のカラオケボックス。男達が代わる代わるアニソンを歌い続けている。それを眺めながら
ねじ子「なんか若い頃に戻った気分〜！パソ通始めた頃さ、カラオケにアニソンが入り始めて」
ぷぢ子「そうそう、どこのカラオケが新番組の配信一番早いか、よくチェックしたよね〜」
ねじ子「いくら歌っても飽きなかったよね〜」
ぷぢ子「ね〜！」
――次の曲のイントロが始まる。ねじ子、ぷぢ子、立ち上がる。
ねじ子「はいはーい、次は私たち二人で歌いまーす！」
ぷぢ子「昔取った杵柄で、懐かしめのこの歌、行きまーす！（ねじ子に向かって）まあオレ様がマイクを握ったら、ここで歓声の一つや二つは……ってオイ！」
―――自分たちの歌をまるで聴かず、ノートＰＣを並べ、萌え絵を鑑賞しあう男達。その光景に激怒する二人。
ねじ子「のわーッ！貴様等！なにしてるんじゃー！」
男Ａ「あー、お気になさらずに。歌っててくださいよ」
ぷぢ子「『くださいよ』、じゃねえ！お前等！リアルナオンがこれから歌おうってんじゃねえか！コールしろよサイリューム振れよ！」
男Ｂ「（ＰＣの画面を見ながら）えー、女の人がそんな言葉遣い、ダメですよぉ」
男Ｃ「（同じくＰＣの画面を見ながら）女の人と会話するのって、けっこう疲れるんですよ。だからちょっと休んでるんです」
ねじ子「ぬああーっ！（直立不動＋敬礼姿で）ぷぢ子軍曹！こいつらを徹底的にしごいてやっていただけますか！」
ぷぢ子「（右の拳を握りしめ、胸の前で上下に振りながら）
聞け、豚共！オレ様がこの世でただ一つ我慢できんのは――人の歌を聴かん奴だ！そんなセーラー服の小便くさい小娘共が見つめ合ってるＣＧなんぞにうつつを抜かし追って！見ているだけで胸クソが悪くなる！貴様等、心にときめきはないのかッ？好きとか嫌いとか、誰が言い出したか駆け抜けたのか、気になることはないのかッ！」
男Ｄ「何を言ってるのか、よくわからないけど……」
男Ｅ「昔のギャルゲーの事だよ、きっと」
男Ｆ「ああそうか。でも僕らってほら、まず『萌え』ありきの世代から〜。自分の気持ちが一番大切だから。システムとかシナリオとかレビューが何点だとか、そういう次元でゲームを語るの、ダメなんだよね〜」
男全員「ね〜」
ねじ子＆ぷぢ子「『ね〜』、じゃねえよ！貴様等、生まれた時からそんな救いようのないオタクなのか？ それとも、努力してこうなったのかッ？」
――二人の言葉に耳も貸さず、なおもＰＣに向かう男達。小さな笑い声が飛び交う。ねじ子とぷぢ子、ため息をつきながら退室。
――カラオケ店の外、ネオン輝く街の歩道。お互い顔を見合わせた後、「せーの」のかけ声で米海兵隊のマラソン練習の様に、歌いながら駅まで走っていく二人。

ぷぢ子「♪初回の特典　抱き枕〜」
ねじ子「♪初回の特典　抱き枕〜」
ぷぢ子「♪カアチャン見つけて　大騒ぎ〜」
ねじ子「♪カアチャン見つけて　大騒ぎ〜」
ぷぢ子「なによこれ！」
ねじ子「なによこれ！」
ぷぢ子「捨てなさい！」
ねじ子「捨てなさい！」
ぷぢ子「♪残りの２つは　どこ隠す〜」
ねじ子「♪残りの２つは　どこ隠す〜」

――深夜。自宅の玄関を開ける豪太郎。真っ暗な部屋に明かりが灯る。リビングのカーペット、うたた寝をしているねじ子を発見。
豪太郎「ただいまー。遅くなってごめんね。まだ起きてる？」
――返事なし。抱きかかえてソファに寝かせ、毛布を掛ける。バッグからビデオテープを取り出し、その上に乗せる。
豪太郎「おやすみ」
――洗面所に向かう豪太郎。しばらくしてリビングに戻ってくる。手にはねじ子の口紅。ねじ子の額に「肉」と書き、少し笑いながらまた洗面所へ戻っていく。

（２００３／０３／０２書き下ろし、２００字詰め２８枚４行）