大富豪同人物語：Web連載版　２ｎｄシーズン

――金曜、昼下がり。日射しがあたたかな社長室。そこへ戻ってきた豪太郎を迎えるイリア。チョコレートを差し出す。
イリア「遅くなりましたが、どうぞ」
豪太郎「（やや驚いて）ああ、そうだった。今日、バレンタインだったね」
イリア「あら、今朝、ねじ子さんからもらわなかったのですか？」
豪太郎「ん〜、起きてこなかったんだ」
イリア「まあ」
豪太郎「なんか、徹夜チャットしてたとかで、さ」
イリア「（小声で）やっぱり結婚すると、その辺がルーズになっちゃうのかな……」
豪太郎「ん、なに？」
イリア「いえ、なんでもありません」
――ラッピングをはがす豪太郎。
豪太郎「おー、ゴディバだ。ありがとう」
イリア「すごい行列でしたよ」
豪太郎「来月は奮発しないとね。ところで知ってる？ゴディバの由来って」
イリア「えぇ。（それ以上答えない。小声で）あっちゃー。この人だけは、そういう事を言わない人だと思ってたけど……やっぱり結婚すると、いろんなところが所帯じみてくるのねぇ……」
――秋葉原の街角。日が陰り、風が強い。歩道の一角に小箱が詰まれ、白いコートを着た集団（５人程度）が立ち並ぶ。その中に混じってレオン、紙袋を手に叫んでいる。
レオン「ただいま無料でこちらのモデムをお配りしております。ブロードバンドをあなたのご家庭でもお楽しみください。モデムは無料です！モデムは無料です！」
通りすがりの男Ａ「あー、見ちゃったよ無料キャンペーン」
通りすがりの男Ｂ「こいつら見た後って、黄色いワーゲン１００台見ないと呪われるんだよな」
レオン「（ヤケになって）無料でお持ち帰りいただけます！ご家庭のお電話につなげるだけで、高速インターネット、インターネット電話が２ヶ月無料でお使い頂けます〜！」
――夕暮れ。バイトも終わり、駅前のゲームセンター（メダルコーナー）でたたずむレオン。
レオン「……むなしい……故郷を後にして早３年。ライバルと目していた豪太郎が、確実に人生の勝利者になっていくのに、このオレと来たら……今だって業種はそんなに変わらないはずなんだけど、なあ」
――涙ぐむレオン。ポケットティッシュを取り出す。その裏面をふと見て
レオン「コスプレカフェ？……景気づけに、寄ってみるか」
――雑居ビルの３階。重そうな木のドアを開けるレオン。
ウエイトレス達「いらっしゃいませ〜コスプレカフェ『日曜喫茶室・袴』へようこそ〜」
レオン「（驚いて）あっ」
――ウエイトレスの衣装が、剣道、弓道、巫女、……とすべて袴姿。
レオン「こ、これは徹底してるなあ」
ウエイトレス（小振袖に紺の袴で）「ご注文、よろしいですか？」
レオン「あ、ああ。コ、コーヒーを」
マスター（年の頃４０代半ば。面長、ロン毛のオールバック。合気道の胴着姿）
「兄さん、コーヒーったって種類があるだろう」
レオン「あ、え、エスプレッソ」
マスター「キャラメルマキヤートでなくていいのか？甘いやつでなくていいのか？」
レオン「いいです」
マスター「あいよ」
レオン「（小声で）女の子はかわいいのに、えらく威圧的なマスターだなあ」
マスター「なんか言ったか？」
レオン「いえ、なにも」
マスター「はいよ、エスプレッソ」
――カップの隣にチョコを見つけるレオン。
レオン「チョコレート……」
マスター「今日はバレンタインだからな。日本ではチョコを贈るんだ。兄さん、知ってるか？」
レオン「知ってるよ。アニメでよく見た」
マスター「アニメが好きなのか」
レオン「大好きさ。日本のアニメが」
マスター「なるほど。あんた、悪い奴じゃなさそうだな」
レオン「どういう基準なんだ？」
マスター「ふふ、価値観てのは人の数だけあるものさ。ところで、お前さんを見込んでちょっと頼み事があるんだ。今度の週末は空いてるかい？」
レオン「？」
――大理石の壁と床で囲まれた広い一室。暗めの照明。調度品も高級そうな物ばかりが並ぶ。その中央、３メートル四方くらいのベッドで横になっている、初老の男。壁の大画面テレビに夢中。そこへ室内のスピーカーから警報音が鳴り響く。ドアがノックされる。
警備兵「お休みの所申し訳ありません閣下、非常事態です！」
大統領「……なんだ、どうした」
警備兵「邸内に侵入者であります！」
大統領「なに？まだ安保理の決議は出ていないはずだ」
警備兵「国連軍ではない模様です！」
大統領「テロリストか？親衛隊はどうした！」
警備兵「現在交戦中ですが、劣勢であります。ただちにご避難ください！」
大統領「親衛隊が？馬鹿な、高い金を出して雇った奴らばかりなんだぞ。いったい何人の賊だ！」
警備兵「それが、確認されたのはたった二人です！」
――暗闇の大統領邸中庭。サーチライトと銃弾が飛び交う。物陰に隠れながら侵入者に応戦する親衛隊。しかし涙目。
親衛隊Ａ「も、もうおしまいだ……ヤツが来ちまった……」
親衛隊Ｂ「デルタフォース時代、オレの上官がアイツだったんだ……」
――正確な銃撃で、敵を倒していく侵入者。マズル・フラッシュで照らされた顔、コスプレカフェのマスターである。その後ろで、紙のようなしわくちゃの顔になっているレオン。
レオン「どこなんだよ、ここ！」
マスター「アジアの片隅、ちっぽけな国さ」
レオン「撃ってくるよ！」
マスター「遠慮することはない、お前も撃ち返していいんだぞ」
レオン「いやだよ！」
マスター「おやおや、ちゃんと撃たないと死ぬぞ？どっから見てもアメリカ陸軍の空挺部隊だからな」
レオン「こんなの無理矢理着せやがって！」
マスター「的になってもらうためさ。白人の方が目立つんだ、こういうところでは。さあ次の銃撃が止んだら行くぞ！」
レオン「置いていかないでくれよ〜っ」
――大統領寝室。寝間着姿のままバッグに物を詰め込む大統領。
警備兵「お急ぎください閣下！」
大統領「お前も手伝え！」
警備兵「こんな時まで……うわーっ」
――ドアを蹴破り、進入してくるマスター。警備兵の手首をつかみ、一撃で倒す。その後ろ、ものすごい引けた腰でついてくるレオン。
マスター「（銃を大統領に向けながら）お取り込み中すみませんが、検札です。切符を拝見させていただきます」
大統領「貴様、な、なにが目的だ、おいっ……（手当たり次第に投げつける）カネか？宝石か？」
マスター「（軽くかわしながら）そのバッグの中身です、閣下」
大統領「（バッグを抱きかかえる）や、やらんぞこれは……絶対にやらん！」
マスター「そういやあんた、どこかで見た顔だな」
大統領「？」
マスター「思い出した、３年前の夏だ。偽造チケットでサークル参加した親爺が、外交官特権で逃げきったって話があったが、それ、あんただよな」
大統領「（荒い息で）だったら、どうした」
マスター「日本の諺にもある。『コミケを大切にしない奴は死ぬべきだ』ってな。（すばやい回し蹴り）むンッ！」
大統領「（マスターの足が顔面に）ぐわッ」
――気絶する大統領。投げ出されたバッグ、中を開けるマスター。
レオン「（こわごわ大統領をながめて）うわー、本物。テレビで見た顔と同じだ。（今度はマスターを見る）なんだい、それは」
マスター「（ＤＶＤの束を取り出す）ここ半年ばかり、日本で発売されたアニメソフトさ。しかも原盤だ。おおかた、工場から盗み出したんだろう」
レオン「売りさばくつもりだったのか？」
マスター「いや、観賞用さ。奴め、国民を餓えるがままにしておいて、自分は税金で毎晩アニメ三昧だったのさ」
レオン「そ、それは許せん。見たいアニメがあったら、食事を削ってでも自分のカネで見るべきだ」
マスター「ほう、元気が戻ってきたらしいな。どうだい、新しい政府が出来たらここでアニメショップでも開くか？」
レオン「か、考えておこう」
マスター「（無線機を取り出す）こちらカークランド、こちらカークランド。お待たせしました、マダム。ターゲットを『保護』しました。オペレーション・バレンタイン、完了です」
無線の声（女性）「了解。迎えのヘリはあと５分で到着です。ご苦労様でした。」
レオン「いまさらなんだが……あんた、いったい何者なんだ？」
マスター「俺か？俺は只の喫茶店のマスターさ」
――暖炉の燃える大広間で、電話に向かっている女性。
マーサ「はい、そうです。大統領の身柄を『保護』しました。本人は『亡命を希望』しております。正規軍もほぼ壊滅です。……ええ、構いません。あとはそちらにお任せいたします。では」
――電話を切り、一人つぶやく。
マーサ「さて、と。次は国連ね」
美麗「（紅茶を注ぎながら）奥様……いくら知り合いが多いとは言え、熱心あるね」
マーサ「だって、攻撃が始まったら特番でアニメが潰れちゃうじゃない。なんとしても止めなくっちゃ」
美麗「（やや呆れながら）これで本当に回避できたら、新聞になんて書かれるかね」
マーサ「決まってるじゃない、『熱心なアニメマニア、世界を救う！』これしかないわ」
美麗「なるといいあるねえ……」
（２００３／０２／１５書き下ろし、２００字詰め２２枚）

【ゲストキャスト】
マスター：大塚明夫
大統領：家弓家正