大富豪同人物語：Web連載版　２ｎｄシーズン

――日曜朝。富士の裾野にある老舗旅館「暗闇男爵」にて。
ねじ子ママ「ねじ子、ねじ子。いつまで寝てるの。お父さんと豪さん、もう出かけたわよ」
ねじ子「ん〜もう旅行だからってそんなに張り切らなくていいじゃない。だいたい今何時なの？」
ねじ子ママ「もう六時半よ」
ねじ子「早すぎるって！もっと寝てようよ〜」
ねじ子ママ「いつもそんな調子で豪さんを困らせてないでしょうね？ああ、お母さん心配だわ」
ねじ子「いいのよ、お互い好きで暮らしてるんだから〜」
ねじ子ママ「『そんなに怠け者の奥さんはほっときましょうよ』とか言われて、もっとおとなしくて言うことを聞く美人のお妾さんのところに」
ねじ子「はいはい、あたしはもう寝ますよ」
ねじ子ママ「もったいない、こんなに天気がいいのに」
ねじ子「ゆうべお母さんも『今日は豪さんとお父さんがゴルフに出かけるから、あたしたちは温泉でも入ってのんびりしましょう』って言ってたじゃない」
ねじ子ママ「来ちゃったのよ」
ねじ子「なにが？」
ねじ子ママ「神様が」
ねじ子「（いよいよ介護ホームに電話か？意外に早かったな……）」
　――ねじ子ママ、バッグから原稿用紙の束を取り出すと、ものすごい勢いで書き始める。
ねじ子「なに人の部屋で始めてるのよ」
ねじ子ママ「話しかけないで！いまあふれそうなんだから、プロットが」
ねじ子「……いま私の頭の中を、たいへんにいやな予感がよぎりました」
――バッグの中をまさぐるねじ子、本を取り出す。
ねじ子「『真・愛の嵐が丘夫人』？ハードカバーだけど、こんな本あったかな。作者は……『フローレンス佐知枝』？まさか」
ねじ子ママ「この間までやってたお昼のドラマ、盛り上げるだけ盛り上げて尻切れトンボな終わり方だったでしょ」
ねじ子「うん」
ねじ子ママ「なんだか納得できなくてむかむかしたから、自分で続編を考えたのよ。近所で回し読みしたらすごく好評で、裏のほら、望月さんが印刷所を紹介してくれて。いま二冊目を執筆中なのよ」
ねじ子「うわっちゃーっ！」
ねじ子ママ「なんかこういう自分で作った本を、寄り集まって売り買いする場所があるんですって？あんたしょっちゅうマンガ描いてたけど、なんかいいところ知ってない？」
ねじ子「知らない知らない知らない」
――一方、隣のゴルフ場で談笑する、ねじ子パパと豪太郎。
ねじ子パパ「どうかね豪君、ねじ子とはうまく行っとるかね？」
豪太郎「はい、おかげさまで」
ねじ子パパ「あいつもあれで、なかなかいいところがあるんだよ」
豪太郎「ありがとうございます。あ、そのチタンドライバー、新型じゃないですか？」
ねじ子パパ「お、わかるかい？無芸大食の私でも、ゴルフだけはうるさくてねえ。人が変わるくらい熱中してしまうんだよ」
豪太郎「それじゃあ、今日は本気で行かせてもらいますよ」
――アプローチに入る豪太郎、見事な第一打。
キャディ「フォアーッ！」
豪太郎「いやあ、いいライバルがいるとスコアも延びるなあ」
ねじ子パパ「へっ、なんだあのクソショット」
豪太郎「お父さん？」
ねじ子パパ「カネの力でうまくなった坊やなんかに、負けるもんか！」
――ねじ子パパ第一打。あらぬ方向に飛んでしまう。
豪太郎「あー、ＯＢだ。力みましたね〜」
ねじ子パパ「いまの、なし。もう一度最初からやり直し」
豪太郎「お父さん？」
ねじ子パパ「インパクトの瞬間、この男が私の目にレーザーポインターを」
豪太郎「やってませんよ僕」
ねじ子パパ「大人はみんなそう言うんだよ！ああ薄汚ねえ大人たちはよォ！」
豪太郎「なんか、僕悪いことしましたかね」
ねじ子パパ「どうせねじ子にもそんなきれい事ばかり抜かして、うまいことだましたんだろう！オレにはわかるぞ！ああみんなウソつきさ！勝負のためなら、友情なんてどこかに消えちまうモンなんだよ！」
――二回目の（？）第一打に入る、ねじ子パパ。そこへ背後から人影が。
ねじ子「ファイナルベント！ベノクラッシュ！」
――逆さまに持ったゴルフクラブにスコアカードを差し込み、パパの後頭部をぶん殴るねじ子（ヘビ皮のブルゾン着用）。
ねじ子パパ「ぐえっ」（その場に崩れ落ちる）
豪太郎「お母さんと部屋にいるんじゃなかったのかい？」
ねじ子「（首を左に回しながら）ゴルファー同士の戦いなんて、見ていてイライラするんだよ！っていうか、すでにこれゴルフじゃないわよお父さん！」
ねじ子パパ「（苦しそうな声で）い、いや、心理戦もゴルフでは重要なテクニックの一つだし……」
ねじ子「そんなことばっかりやってるから、町内会のコンペもお声が掛からなくなるんだってば！」
豪太郎「そうなの？」
ねじ子パパ「……おや、どちらの方でしたかのぉ。年をとるとめっきり物覚えが」
ねじ子「バカなことやってないで、戻るわよ！」
豪太郎「お母さんは？」
ねじ子「同人誌書いてる」
豪太郎「……いま僕の頭の中を、たいへんにいやな予感がよぎりました」
――旅館。ねじ子と豪太郎の部屋。
ねじ子「ごめんなさいね〜、せっかくの休みなのに」
豪太郎「お父さんがあんなに負けず嫌いだったとは、知らなかったなあ」
ねじ子「あの人、ゴルフになると目の色変えるのよ。プレステのゴルフゲームだって、勝つまでやめないんだから」
豪太郎「ふうん」
――ノックの音。
ねじ子パパ「豪君、いるかい？さっきはすまなかったねえ」
ねじ子「なんの用よ」
ねじ子パパ「いやー、家内の奴が机に向かってばかりでさ。ちょっと話し相手になってくれるかい」
豪太郎「いいですけど」
ねじ子パパ「ゴルフに熱中するあまり、妻も子も友人たちも失った私ではあるが」
ねじ子「そこまで見捨ててません」
ねじ子パパ「そんな人生を振り返って、一冊の本にしてみようと思うんだ。草稿はもうできてるから、あとは推敲と印刷だけなんだけど、どこかいい出版社を知らないかねえ」
ねじ子「（ふるえながら）……お父さん？」
豪太郎「自分史ですか、結構はやってますからね。でも今なら出版社に話を持ち込むより、手軽に同人誌」
ねじ子「わーっ！」
ねじ子パパ「なんだい大きな声出して」
ねじ子「お母さんだけならともかく、お父さんまでそんな道に入り込むなんて！」
豪太郎「別におかしな話じゃないだろう？同じジャンルというわけでもないし、いろいろと教えてあげなよ」
ねじ子「……わかった」
ねじ子パパ「ところでその同人誌って、あれだって？ちょっとエッチな格好の女の子も、いるんだって？」
豪太郎「微妙に、違うと思うんですが」
ねじ子「微妙じゃない！即売会は本を売り買いするための場所であって、コスプレするための場所じゃない！」
ねじ子パパ「そうそう、コスプレ。この本もそういうギャル向けに書いた方がいいかな？でも、それで売れたらどうしようかなあ」
ねじ子「やめろよーっ！本できる前に『売れたらどうしよう？』なんてへぼい事考えんなよーっ！」
ねじ子パパ「いやあ豪君だって、毎日会社でアメリカの金髪コスプレ秘書ちゃんと」
豪太郎「確かに彼女はコスプレ好きですが、ドイツ人です」
ねじ子パパ「え、そうなのか！せっかくNOVAに通い始めたのに……」
豪太郎「なにがしたいんですか、お父さん」
ねじ子「……ごめんね、豪さん。ヘンな親子で」
豪太郎「まあ、好奇心があるのはいいことじゃない」
ねじ子「ところで質問なんだけど」
豪太郎「なんだい？」
ねじ子「ミルモってマラカスを奪われすぎだと思うのよ」
豪太郎「ねじ子さん、君のご両親にも共通することだと思うけど……自分の頭で会話をしていて、最後の部分だけ僕に問われても、答えるのはすごく難しいんだよ」
ねじ子「気をつけます」
豪太郎「でもヤシチのぱんつ好きって設定は、少女まんがとしていいのかなあ」
ねじ子「見てんの？」
豪太郎「あ、たまに」