大富豪同人物語：Web連載版

――土曜夜。都内の私立大学生、丈一（声・桜井孝宏）のアパートで浮かない顔の……。
ぷぢ子「ごちそうさま」
丈一「ごちそうさま！あ〜、おいしかった。やっぱり鍋は二人で食べるに限るね。ところで明日なんだけど」
ぷぢ子「あ、明日は」
丈一「ダメなの？」
ぷぢ子「いやダメってわけじゃ…やっぱりダメ！」
丈一「何、力んでるの」
ぷぢ子「……この際だから言うけど、あなたとはもうつき合いきれないのよ！」
丈一「突然だなあ」
ぷぢ子「こ、コミケって知ってる？」
丈一「知らない」
ぷぢ子「同人誌は？」
丈一「聞いたことない」
ぷぢ子「コスプレ」
丈一「風俗か何か？」
ぷぢ子「……だからね、お姉さんは君の知らない世界の住人なの。元の世界に帰ろうと思うのよ」
丈一「アニメみたいなこと言うね」
ぷぢ子「その『アニメ』の『ニメ』にアクセント置くのやめて！『ア』が正しいんだから！」
丈一「？？？」
ぷぢ子「私、オタクなのよ」
丈一「でも、ぷぢ子さんて汗くさいデブでもないし、化粧もちゃんとしてるし」
ぷぢ子「知ってるじゃない」
丈一「学校でよく見かけるんだ、そういう女。いつも似たようなのとつるんで、大きな声でアニメの話ばっかり」
ぷぢ子「私も外見はがんばってるけど、中身はそいつらと同じなのよ」
丈一「信じられないなあ」
ぷぢ子「早い話が（バッグから自分の描いた本を取り出す）どうだ！これでわかるだろう！こういう風に自分で描いた漫画や小説をまとめた本が同人誌で、それを売り買いするのが即売会で、そのでっかいやつがコミケだ」
丈一「へえ、けっこう絵うまいんだね……あれ、これホモの漫画？好きなの？ホモ」
ぷぢ子「ああ大好きさ！正確にはホモとも違うんだが」
丈一「女のなのに？『おこげ』ってやつ？」
ぷぢ子「そういうんじゃない」
丈一「わらかないなあ」
ぷぢ子「だから理解するな！理解しようとするな！お前にオレのホモの何がわかる！」
丈一「予定があるんだったら別に優先しても構わないよ。俺だって一人で過ごしたい日もあるし」
ぷぢ子「一日だけじゃないよ。即売会が一回あると、その準備に二週間から一ヶ月。盆と暮れのコミケはそれ以上」
丈一「そんなに？漫画ってそんなに時間が掛かるの？」
ぷぢ子「神が降りてこないと描けない。やおいの神が」
丈一「ヤンジャンとか毎週出てるけど」
ぷぢ子「あれはプロ！しかもアシスタントを使っている！それでも落とす奴がいる！」
丈一「たいへんなんだなあ。やったことないけど俺、手伝おうか？」
ぷぢ子「やめろーッ！」
丈一「隣に聞こえるよ」
ぷぢ子「だからオレ様はこういうヘンな漫画を描いたり読んだり売り買いしたり、同じ趣味の女どもとくっだらない妄想話をするのが好きなんだ！大好きなんだ！ふつうの男子とデートする時間も惜しいほどに」
丈一「無理してたんだ」
ぷぢ子「まあな。だから今日で」
丈一「でも不二子さん、悪い人じゃないよ」
ぷぢ子「？」
丈一「大学のオタク女たちって、人の話聞かなかったり自分の話だけしたりするから嫌われてるんだよ。端で聞いててもわかるくらいに。不二子さんは俺や俺の仲間とも、ちゃんと話できてるじゃんか」
ぷぢ子「ま、まあそれは今までいろいろ痛い目にあったりして、努力したからな」
丈一「だから、そんなに思い詰めないでいいんじゃないの？まだよくわからないけど、その即売会ってのも今度一緒に」
ぷぢ子「……ふっふっふ（いやな笑顔）」
丈一「？」
ぷぢ子「どこかの大金持ちのボンボンといっしょになったドぐされ外道女なら、ここで『ほんとう？うれしい〜っ！』とか言って股でも何でも開くだろうさ。ああ開くね奴は確実に。だがオレ様は違う！あんなホモスキーたちでいっぱいな戦場に、慰安夫代わりの彼氏なんか連れていけるか！オレ様は最期の最期まで雲のぷぢ子！描きたいときに描き、売りたいときに売る！」
丈一「それ、北斗の拳？ジュウザだっけ？五車星の（あんがい楽しそうな目で）」
ぷぢ子「その理解しようとする振りをやめろ！」
丈一「振りじゃないよ。人の趣味なんだし、迷惑が掛からないなら俺は別に」
ぷぢ子「だから許そうとするな！むしろ非難しろ！軽蔑しろ！『こんなのに本気になってバカじゃねえの？』とか言え！ていうか言われないと描けない」
丈一「はあ」
ぷぢ子「今までそういうプレッシャーをバネに漫画描いてきたから、逆に環境的にオッケーになると全然ダメなんだよ。オレ様は世間一般の婦女子とは違う！というプライドが創作活動を支えてきたんだ。暑い夏の盛りに家に閉じこもって漫画描いてて『各地で水の事故が』のニュースを聞いて『家で漫画描いてりゃ安全なんだよ！』って歓喜の声を上げる、みたいな。そんな人間として最低レベルの生活を送ってないと、自分でも納得が行く漫画を描けないんだよ」
丈一「じゃあ、ダメじゃん」
ぷぢ子「？」
丈一「俺と別れたら不二子さん、俺からのプレッシャーも軽蔑もなくなっちゃうでしょ。やっぱり漫画、描けなくなっちゃうね」
ぷぢ子「！……そういう論法で来るとは思わなかった……」
――翌日。ビッグサイト西ホール。
丈一「要するに、本のフリーマーケットみたいなもんなんだね」
ぷぢ子「ま、まあそんなもんだ」
丈一「でもすごいね。不二子さんの本、飛ぶように売れていくね。お金もこんなに貯まったし、ベストセラー作家みたいだ」
ぷぢ子「あー、確かに今日はマジで捌けてくなあ。売り子がいい男だと客の引きも違うのかなあ。お礼においしいものでも食べて帰るかな。まあそれはそれでうれしいんだけど、来る女来る女、にらみつけてくんだよね、オレ様の顔を」
丈一「気のせいじゃないの？」
ぷぢ子「いや、同じ匂いのする女どもがオレ様の成功を妬んでいる！才能と美貌と売上と男根で両手両足に花なオレ様を！」
丈一「最後のは花なのかなあ」
ねじ子「あら、お久しぶり。新刊出たんだ。冬コミで落とした時はどーしたのもかと。こっちは、えーと、例の年下彼？こんにちわ」
丈一「こんちわ。（小声で）この人がドぐされ外道さん？」
ぷぢ子「それ『さん』付けしても丁寧語じゃないよ」
ねじ子「ふーん、なんだかんだ言ってつきあってるんじゃない。彼氏の即売会デビューもうまく行ったみたいだし」
ぷぢ子「お披露目ってやつだな！これで同人も公認されたし、じきに誕生席に戻って次は壁だから！ガーハハハハ！」
丈一「誕生石？そうか、帰りにリング買おうよ。ぷぢ子さん何月生まれだっけ」
ねじ子「（遠い目で）いいわね一般人て。リアクションが新鮮で」
ぷぢ子「（かなり遠い目で）そのうちこいつも汚れて行くんだろうさ」
丈一「え、そんなに汚れてた？ゆうべはシャワー浴びてからだったけど、その後けっこう汗かいたしね」
ぷぢ子「そこまで言うなよ！」
ねじ子「なるほどそういった方面のアシスタントまで既に……ところで冬コミで着ていたエプロンドレスですが、やはりそういうジャンルでもお使いに」
ぷぢ子「ノーコメントだ」
丈一「でも、けっこううれしそうだったじゃん」
ぷぢ子「お願いだからやめて！……ハッ、これだ！このプレッシャーだ！おおうっ！来た来た来たッ！」
ねじ子「ぷぢ子必死だな」