大富豪同人物語：Web連載版

――日曜日。吉野家、京急川崎駅前店。朝っぱらから一人で特盛りをガッつく、クリス。
クリス「まったくもう久しぶりのデートだって言うのに勝平さんたら仕事だ徹夜だってドタキャンなんかしてさっ。別に勝平さんなんかいなくたってあたし一人でどこにだって行けるんだしそしたらかっこいい男の人逆ナンして勝平さんのことなんか」
イリア「そんなことよりさ、ちょいと聞いてくれよ。あんたにあんま関係ないんだけどさ」
クリス「うわっ、イリアさんじゃないの。どうしたんですか」
イリア「今朝まで仕事先で徹夜して、夜明け前に近所のファミレス行ったんですよ、ファミレス。そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。で、よく見たらなんかみんなノートパソコンとか取り出して、大悪司がとかぴあキャロ３がとか、言い合ってるんです。もうね、アホかと。馬鹿かと。お前らな、エロゲー如きで徹夜してんじゃねーよ、ボケが」
クリス「ですよねーっ！ンっとに男オタクはどうしようもないんだから！」
イリア「ていうか、正直眠いのよ。家まで帰れないくらいに」
クリス「勝平さんの家、この近くだから休んでいきません？私、合い鍵持ってるし」
――勝平のアパート。
イリア「同人誌がすごいけど、案外片づいてるわねえ……あら？フィギュアや抱き枕に混じって、なんでこんなところに女物のぱんつが。ブラも。それもかなり小さいサイズ」
クリス「しゃしゃしゃシャワーでもどうですか？」
イリア「そうね、汗かいちゃったし、浴びるとしますかね」
クリス「ふう……」
イリア「おや？何かしらこのエプロンドレス」
クリス「ひゃあっ！……ってこれは私のコスプレ用です。開発で使ってたやつを譲ってもらったんです」
イリア「まあいろいろ突っ込みたいけどあたしも叩けば埃が出る身……いや、それにしてはなんだか手触りが。勝平さんの会社ってゲームメーカーのジオテックだったよね？」
クリス「そうです。これが名刺」
イリア「なるほど……どうも資金の流れがおかしいと思ったらこんなところに……クリス、一眠りしたら勝平さん取り戻しに行くわよ」
クリス「本当？」
イリア「それにはあなたにも協力してもらうけどね。まずは睡眠だわ。ベット借りるね。ぐう……」
クリス「（イリアの隣に寝ながら）じゃがいもとハンバーグばっかり食べていたら、私もこんなに風になるかなあ……なるかなあ……ぷにっ」
イリア「（寝言で）……それには仕上げにたっぷりのビールが必要なのれす……ぐふふ……」
――昼下がり。東京湾を見下ろす、ジオテック本社役員室。ひとりバスローブ姿でワイングラスをくゆらす開発統括部長・海老沢（声・勝生真沙子）。
「ふふ、もう少しで私の野望が……（インターホンが鳴る）私だ。どうした」
警備員「申し訳ありません、大至急受付までお越し……うわーっ！（回線切れる）」
――１階フロア。ニュービートルで正面ガラスをぶち破って進入するクリスとイリア。
海老沢「何者だ！」
クリス「このドロボウネコ！勝平さんを返しなさいよ！」
イリア「なんか使い方を間違えてるような気がするけど」
海老沢「ええい、侵入者だ！迎撃システム発動！」
クリス「え？おもちゃのロボット犬？」
イリア「気をつけて！レーザービームよ！」
クリス「きゃっ！」
海老沢「こんな小娘なぞ焼き払ってしまえ！」
イリア「やっぱりそうだったのね。いくら融資しても売り上げは出ないし映画も完成しないと思ったら、そんなところにも開発資金を！クリス、行くわよ！」
クリス「メーイド・インッ！」
――クリス、勝平の部屋にあったエプロンドレス姿に。
イリア「女子中学生秋月クリスがＶテクターを装着する時間は、わずか１フレームに過ぎない。ではその性能を説明しよう。カチューシャ型センサーギアは操縦者の脳内パルスをコアユニットのメインコンピュータにアクセスする。解析されたパルスコマンドは毎秒九・六Ｇビットのスピードで、Ｖテクター各部に装着されたアクチュエイターシステムにコネクトされる。これにコアユニット蓄積のモーションデータをジョイントすることにより、彼女は無敵の女戦士へと変貌するのだ！」
クリス「ファイナル・イリュージョーンッ！」
――その場大ジャンプ→高い位置で回し蹴りの連発→クリスを中心に竜巻が発生→ロボット犬部隊、全滅。
海老沢「さすがはＶテクター、私が目を付けただけのことはあるわ。でも、それが一着だけだと思ったら大間違いよ！」
クリス「え？」
海老沢「オーホホホホホッ！（バスローブを脱ぎ捨て、エプロンドレス姿に）このジオテックの開発力を、舐めてもらっては困るわよ。Ｖテクター・Ｒモードの力を思い知るがいいわ！」
イリア「似たようなデザインだけど……あの光沢、ラバーコーティングされている？」
海老沢「そうよ。あなたが着ているのと基本性能は同じの上に、いくら電気を流してもなんともないわ。こんな風に、ねッ！」
クリス「きゃあぁっ！」
海老沢「そぉら、そぉら！……あら、もう気絶したの？もったいないわねえ、十万ボルトの電磁鞭なんて、そうそう味わえるもんじゃないわよ。さあ、残りはあなただけね。喰らえッ！」
イリア「（振り下ろされた鞭の端を掴み、不敵に笑う）」
海老沢「なにっ、まさか！」
イリア「（両手で鞭を引きちぎる→小爆発→衝撃でスーツが破け、下からエプロンドレスが出てくる）……我がアキヅキの情報網も、舐めてもらっては困るわよ。そう、プロトタイプは全部で三つ。こっちは本革仕様のＬモードだから、電気仕掛けは通じないわ！」
海老沢「おのれぇッ！」
イリア「これで互角ね。クリス、ここは私に任せて早く勝平さんを！」
クリス「はいっ！」
（以下、身長一七〇センチ以上の女性二人が、エプロンドレス姿で取っ組み合ってると思って下さい）
――８階、勝平のいる開発室。
クリス「（ドアを蹴破る）勝平さーん！大丈夫？」
勝平「あれ〜？クリスじゃないか。どうしたんだいそんな服着て」
クリス「だって、心配で心配で……さらわれたんじゃないかと思って」
勝平「いやあ、ごめんごめん。冬コミ用の新作ソフトが煮詰まっちゃってなかなか抜けられなくてさ〜」
クリス「……これ？」
勝平「あぁ、ちょっと今年は資金稼ぎに走ろうと思って、フル３ＤＣＧの十八禁ソフトを。いやあ、ぱんつの皺テクスチャにはちょっとした自信が……あ、これ以上はクリスには教えられないなぁ」
クリス「ううっ……」
勝平「どうしたんだい？」
クリス「ううう……勝平さんの、バカーッ！」
――電磁鞭の攻撃で蓄積されたエネルギーが一気に放出。開発室一帯、めちゃめちゃに。
勝平「あんぎゃ〜っ！」
――一方その頃、一階フロア。
イリア「はぁっ…はぁっ…」
海老沢「ぐっ……」
イリア「これで、終わりよッ！」
海老沢「！」
　意識もうろうの海老沢めがけて、イリアが最後の力を振り絞りジャンプ→フランケンシュタイナー→二人とも受け身を取り損なって受付デスクに飛び込む→ダブルノックアウト。
イリア「いたた……肋骨、何本か逝ったわね……」
海老沢「こっちは……左肩かしら……」
イリア「だいたい……なんでこんなことを……」
海老沢「あんたも……この会社の管理職やってみればわかるわ……いい年してパソコンの周りにお人形さん並べる男達と……まともな神経でやってられると思う？」
イリア「……『これで壁紙とお揃いですよ！』……とかはしゃいじゃってね……聞いてもいないのに……」
海老沢「仲間内ではすっごくお喋りなくせに、それ以外はまるで無口……電話の取り次ぎだってろくにできないのよ……私より年収が一千万も多いのに……」
イリア「苦労してんのね」
海老沢「わかってくれる？」
イリア「今度、遊びに行かない？いいとこ知ってんだ……」
海老沢「ああ、いいねえ。よろしく頼むわ……」
――両者、仰向けに倒れながらがっちりと握手。海老沢、胸ポケットからたばこを取り出す。左手が動かせず困っていると、イリアがライターを着火。フロアに夕日が射し込み、紫煙が立ち上っていく。二人、静かな笑い声。