大富豪同人物語：Web連載版

――日曜昼下がり。江ノ島海岸。
ねじ子「ふ〜、気分転換にちょっと遠出してみたけどやっぱりよかった。シーズンオフだから涼しいし観光客も減ったし、さいわいジェットスキーもいないし、静かに過ごせそう。まったく豪太郎さんの仕事好きにも困ったもんだわさ。さて、海と言えばシーフード、さっきローソンで買ったシーチキンおにぎりでも……」
バンダナを巻いた見るからにアレな男（声・千葉一伸）「あ、あの〜すみませんですな」
ねじ子「はい？」
アレな男「すみませんけど、そこ、どいてくださいませんですかな」
ねじ子「いや、その、周り百メートル四方、ほとんど誰もいないけど……」
アレな男「そこ、どいてくださいませんですかな」
ねじ子「わかったわよ……（小声で）ヘンな男」
――男、ものすごく重たそうなデイバッグを下ろし、携帯を取り出す
アレな男「（重々しい声で）ジャッカルからコヨーテ、ジャッカルからコヨーテ。今年も無事、聖地を奪取。各員に集合を促されたし」
ねじ子「？」
――江ノ島駅方面から男達が走ってくる
男達「ウラーッ！」
ねじ子「なに？なんなの？似たような男達が数十人も」
――アレな男、工事現場の誘導ライトを取り出す。
「すぅえ〜の！」
男達「ボコ美ちゃ〜んッ！」
ねじ子「ボコ美？」
男達「Ｂ！Ｏ！ＫＯＭＩ！ウィーラーブ、ボコ美ちゃ〜んッ！」
ねじ子「ちょっと、すみません」
アレな男「なんですかな？」
ねじ子「せっかくの静かな雰囲気、ぶち壊しなんですけど」
アレな男「申し訳ありませんな。しかし本日は『不暮面（ふくれづら）ボコ美ちゃんメーリングリスト』の恒例オフ会なのですな」
ねじ子「誰？ボコ美ちゃんて」
男Ａ「ふふふ、やはり知られてませんな」
男Ｂ「パンピーだから当然ですな」
男Ｃ「しかし我らボコ美ちゃんファンにとっては、不人気こそ最大の栄誉ですな。我々だけが知っている我々だけのアイドルとしての地位が、ますます揺るぎないものになりますな」
アレな男「十年くらい前に活躍してたアイドルですな。アニメの声とかもちょこっとやっていましてな、今日はデビューイベントを再現するために、みんな全国から集まってきた訳ですな。広い江ノ島の正にこの場所に、ボコ美ちゃんが立ってたのでして、あなたには申し訳ありませんがどいていただいたわけですな」
ねじ子「ふうん。アニメのねえ…ああ、アレか。変身前と後で声がぜんぜん変わらなかった、魔法少女アニメのへったくそな主役か」
――男達、どよめく
男Ｄ「知っておりますなこの娘っ子」
男Ｅ「『魔女っ子』と言わず『魔法少女』と言う辺り、我らと同じ匂いがしますな」
男Ｆ「しかし痛いところを突いて来ますな。事と次第によってはただでは済まさないですな」
ねじ子「ちょ、ちょっと、穏やかじゃないわね。別にここじゃなくてもいいから、私どっか行くわよ」
男Ｇ「別にここじゃなくても……ますます捨て置けませんな。洗脳が必要ですな」
男Ｈ「ボコ美ちゃんベストアルバムを、三十時間ほど聞きまくっていただきますかな。それもマスターテープになる前の、編集の入ってない生歌そのままのやつをですな」
男Ｉ「アレは強烈ですな。一度聞いたら二度とまともな歌が聞けなくなりますな」
ねじ子「うわぁ〜ん、なんでさわやかな秋の江ノ島で、こんなトクサツ丸出しな目に遭わなきゃいけないのよ〜ッ！」
アレな男「では改造を始めますかな」
ねじ子「こうなったら久々に、ダメ元で叫んでみるか。助けてーっ！豪太郎さーん！」
――瞬間、とどろく爆音。
男達「なんですかなこの音は」
――彼方から疾走するホンダの大型バイク・ファイアーストーム。乗っているのは……。
豪太郎「♪下がり続ける〜株価を止められ〜ない〜……ハッ！」
――ねじ子と男達の間に割って入るバイク。
豪太郎「大丈夫かい、ねじ子さん」
ねじ子「助かった……」
豪太郎「よかったよ。ちょうど、傘下のファミリーレストランの視察に来ててね」
ねじ子「あ、ありがと……（小声で）助かったのはいいけど、ひょっとして豪さん重度の特撮オタ？こんな百万もするバイク買っちゃって、もう治らない病気なの？」
男Ｊ「おや、この方も我らと同じ匂いがしますな」
男Ｋ「マシントルネイダーのベースマシン、それも放送と同じシルバー塗装で乗り回すとはさすがですな」
男Ｌ「君のままで変わればいい、ですな」
アレな男「その道の達人とお見受けしますな。ここはそちらに免じて、お嬢さんを解放するとしますかな」
豪太郎「ありがとう。ねじ子さん、お昼まだでしょ？うちのファミレスでよかったら、どう？」
ねじ子「シーフードカレー、あります？」
――ファミリーレストラン「ハーベストムーン」
豪太郎「お味はどうですか？低価格路線だけど、食材は厳選してるよ」
ねじ子「おいしい！こんなまろやかなカレー初めて！あと、銀河高原ビールもう一杯、樽生でね！」
豪太郎「はいはい」
男達「ウオォーッ！エル！オー！ブイ！イー！」
ねじ子「まーたあんたたちか！せっかく逃げたと思ったのに」
アレな男「ここは、ボコ美ちゃんがイベント後にプリンアラモードを食べた店ですな。それを再現」
ねじ子「わかったわよ。食べたらすぐ出てくから、なるべく静かにしてちょうだい」
――江ノ電江ノ島駅ホーム。
ねじ子「やれやれ、ここまでくれば一安心」
豪太郎「車ではよく来るけど、この電車は初めてだなあ。なんだか、懐かしい気分になるね」
ねじ子「でしょ？また今度ふたりで」
男達「ウォーッ！」
ねじ子「またかーっ！」
アレな男「ボコ美ちゃんはイベントの後、一四時四八分発の藤沢行きに乗ったのですな」
ねじ子「わかったから藤沢駅でも新橋ヤクルトホールでも、どこへでも勝手に行け！」
豪太郎「でも、普通アイドルって移動は事務所の車とか、せめてタクシーじゃないのかなあ」
アレな男「甘いですな。ボコ美ちゃんは関東圏内のお仕事なら、どこへでも電車で行ってましたな」
豪太郎「マイナーアイドルの悲哀ですな」
アレな男「そこが通にはたまらんのですな」
豪太郎「なんとなくわからんでもないですな」
ねじ子「そのしゃべり方、目の前でやられると死ぬほどウザいからやめてえっ」