大富豪同人物語：Web連載版

七月某日（日）
　何の気なしにねじ子さんを夕飯に誘ったら、ちょっと不機嫌そう。食事中も落ち着かない様子で、ナプキンにメモを取り始めるので尋ねたら「ネタ帳、忘れちゃって…」。もうコミケの準備らしい。邪魔にならないよう、気をつけなければ。
七月某日（火）
　受注していたネットワークシステムが遅れ気味なので現場に行ったら、担当者が辞めていた。コミケに専念したいからだそうだ。ＳＦ大会間際のシリコンバレーもこんな感じなのだろうか？
七月某日（水）
　海外の取引先の会長と会食。孫娘自慢が始まり、写真を見せてもらったら日本のアニメのコスプレだった。感想を聞かれたが言葉を濁した。あんな特殊部隊みたいなでじこ、著作権には触れないと思うが。
七月某日（木）
　クリスがまた引きこもり始めた。今度はねじ子さん達も忙しくて頼れないからどうしたものかと困っていたら、原稿に熱中していた。勝平君にＣＧ＆コスプレ写真ＣＤ―ＲＯＭを出してもらうらしい。
七月某日（金）
　我が社主催のネットワークショー終了。イリア君の機嫌が異常に悪くて気になる。またドカ食いするんだろうか。心配だ。
七月某日（日）
　またうっかり締め切りを忘れてねじ子さんに電話をしてしまい、とても地球の言葉とは思えない単語で罵倒される。おわびも兼ねて食事を作りに行く（メシスタントと言うそうだ）。狭い広いではなく、人の家の台所は慣れないとやりづらいものだと実感する。
七月某日（火）
　会議が中止になったのでちょっと時間が空き、ためしにメモに落書きをしてみたが、あまりに下手なので自分でもいやになってすぐシュレッダーに掛けた。本当に僕は母さんの息子なのだろうか？
七月某日（土）
　今日もねじ子さんの家に。あれから気になって、暇があると落書きばかりしてしまう。今日も電子手帳片手にうなっていたらねじ子さんに覗かれ、必死になって隠そうとしたので笑われるが、「あたしだって十年以上続けてまだこんなんだから」と慰められる。鍛錬だ。
七月某 日（日）
　結局泊まり込み。絵を描くってこんなに楽しかったんだろうか。時間が経つのも忘れてしまうほど没頭する。画材が揃っていなくたって、紙と鉛筆があれば十分だ。これから毎日続けよう。
七月某日（木）
　社会人になって初めて、会議で居眠りをしてしまった。ゆうべ三時過ぎまで落書きしていたせいだ。さいわい周りが気づかないうちにイリア君が起こしてくれたので事なきを得たが、「似たもの夫婦ですか？」などと笑われる。言い返せない。
八月某日（日）
　資料を漁りに実家の書庫へ。ちょっとした体育館ぐらいの大きさなのでどこから手を付けていいかわからず、原稿が一段落したねじ子さんを呼んだ。

ねじ子「これはすごいわ……年季の入った同人誌がいっぱい。ヤマトとかコンＶとか、あ、こっちは小説系だ。宇宙塵が創刊号からあるよ……ぷぢ子が来たら読みふけってしまいそう。目録とかないわよね」
豪太郎「さすがに、そこまでは。これ全部、母さんの私物だったんだ。ここだけは父さんも手を付けなかったようだ」
ねじ子「んーと、豪太郎さんの参考になるようなイラスト本……あんまり本格的でもだめだしなあ……うわっ」
豪太郎「だ、大丈夫かい？」
ねじ子「いっててて……こんな時までドジッ子だなんて、イヤな役回りだなあ。あれ？かわいい坊やの写真が」
豪太郎「それは僕だ。隣にいるのは母さんだな。裏に日付がある。僕が５歳の時だ。これのすぐあとかな、母さんが亡くなったのは」
ねじ子「それ、この本に挟まっていたんじゃない？」
豪太郎「大判の同人誌だな……小説もある。奥付が写真とほぼ同じ頃だ。誰の本だろう」
ぷぢ子「おまえら物の価値ってもんを知れよー！」
豪太郎「あ、ぷぢ子さん」
ねじ子「原稿は大丈夫なの？」
ぷぢ子「今日も休日出勤だったよ！誰かオレを『精神と時の部屋』に連れて行け！去年も似たようなことを言っていた気がするが、それはともかくこのイラスト誌は素手で触るな！陽射しにも当てるな！」
豪太郎「そんなに高価なものなのかい？」
ぷぢ子「こんなものが市場にでたら中古同人相場が大混乱するぜ！それだけの代物だってことはオレが証明する。だから鑑定料ちょうだいちょうだい今度の印刷代分だけでいいから宇宙鉄人ちょうだい〜んｂｙ羽佐間道夫」
ねじ子「（無視して）すごいのねえ、この本も作者も」
豪太郎「でもこの絵柄、どこかで見た気がするなあ……」