大富豪同人物語：Web連載版

――日曜の午後を少しまわったあたり。即売会開催中のビッグサイト。突如場内にざわめきが走り、和服姿にオールバック（左右にメッシュ入り）の男（声・江守徹）がどすどす歩いてくる。

売り子「これはこれは……」
男「おいおやじ！このスペースで一番新しい本を出せ！」
売り子「こちらでございます。サンライズより直送しました新鮮な『ギア戦士電童』を、ロリショタ風味であしらいまして」
男「能書きはいい、早く読ませろ……なぁんだこの展開は！以前見たものより質が落ちているではないか！」
売り子「実は、メインの作家が新作を落としてしまいまして、その、手前どももがんばったのでございますが……」
男「言い訳など聞きたくない！今日の会はこんな者が壁を張っているのか！まったく恥というものを知らんのか」
――騒ぎを聞いてやってきた、ねじ子と豪太郎。
ねじ子「うわ、なによあの人。何様だか知らないけど、ちょっといやな感じね」
豪太郎「同人批評サークル『美本倶楽部』主宰、破魯原（ぱろばら）雄山さ。自分の力量を鼻に掛けて他人を憐れむことしかできない、下品で救いがたい朴念仁だ」
ねじ子「あら。豪太郎さんが私より同人で深いネタを知ってるなんて珍しい」
雄山「おう、誰かと思えば秋月の息子ではないか。お前も父に似て芸事のわからぬつまらん大人に育ったと思っていたが……女は男を変えるものなのかな？ふっふっふっ」
豪太郎「老人の暇つぶしなら、どこか余所でやれ」
雄山「これは手厳しい。やはり母の血は偉大なりと言うわけか」
豪太郎「母さんの話はやめろ！お前がその言葉を口にするだけで、鳥肌が立つ！」
雄山「まあそうやって、ぬるま湯の中で一生を過ごすのが貴様には似合っているというもの。せいぜい分相応に、仲間同士で馴れ合っておるがよかろう」
豪太郎「１週間待っていろ！次の即売会で本当の同人誌をお前に見せてやる！」
雄山「わあっはっは、こりゃおかしい！わっはっはっは、こりゃ滑稽だ！貴様如き、少しばかり金儲けが上手いだけで同人のなんたるかも解せぬ若造に、何が出来るかやってみろ。うわあっはっはっは（どすっどすっどすっ）」
ねじ子「大丈夫？豪太郎さん」
豪太郎「すまない、柄にもなく頭に血が昇ってしまって……」
ねじ子「さいわい新刊の用意があったから原稿はあるけど、１週間で印刷と製本なんかどうするの？」
豪太郎「いや、僕にアイディアがある。ちょっと週末つきあってもらうよ」
ねじ子「わかったわ、豪太郎さん。（小声で）あのおじさんあんな言葉遣いして、何時代の人なんだろう……」
――翌週。ビッグサイト東館４ホール。
雄山「来たか豪太郎。急ごしらえのコピー誌なぞで、このわしを満足させられるとでも思ったか」
豪太郎「その思い上がった根性、今日こそ叩きのめしてやる」
雄山「その前にちょっとした前菜をお目に掛けよう。これは先日あの即売会で買ったものだ。この５冊、適当に選んだゆえジャンルもカップリングもばらけておる。しかしこれにはさみを入れ、ペーパーセメントで貼り付けてみると……」
ねじ子「うわあ、１冊の本になった！それに……元になった５冊より遙かにおもしろいわ！」
雄山「見たか豪太郎、所詮貴様たちがやっているのはこんなオリジナリティのかけらもない、子供のお遊戯だ。貴様ら同人を何と心得ている？同人こそ人の心の深奥を突くものだぞ。その人間の作る本を見て、その人間の心が読めないなら、人間を辞めた方がよい」
豪太郎「御託はこれを見てから言ってもらおうか」
雄山「なんだこれは。どこにでもあるゾイド本ではないか……むっ……むうぅ……一見ただのコンビニコピー誌に見えるが……表紙は越前打ち雲、本文は130kg上質紙。コピー機もメンテナンスの行き届いた店を厳選したか」
豪太郎「それだけじゃあない、ベタをよく見てみろ」
雄山「なにっ！……確かにコピー誌ではとうてい再現できないこの色の深さ……艶……なんと！１枚１枚手塗りなのか。それもマジックインキなどの下品な色合いではない、こ、これは本物の墨！それも中国安徽省黄山の産！」
豪太郎「どうだ。ここまで心を込めた逸品を、奢り高ぶったお前の心は見抜けなかった。同人にふさわしくないのはむしろ初心を忘れたお前の方だ！」
雄山「ぬうぅ……今日の所はこの雄山、貴様の小細工に足下をすくわれたわ。うわあっはっはっは（どすっどすっどすっ）」
ねじ子「やったね、豪太郎さん！」
豪太郎「僕の方こそお礼を言わなきゃ。無理な注文につきあってくれたんだし」
ねじ子「私だって、あんな奴にでかい顔されるのはごめんだからね」
豪太郎「そうだね。でも、本当にありがとう！」
ねじ子「よかったね。（それにしても、いつもはクールな豪太郎さんがここまで必死になるなんて……お母さんとあの男の間にいったい何が……）」
――一方、勝負を終えた雄山はロイヤルキャフェテリアへ。
雄山「豪太郎の奴、少し見ぬ間に腕を上げおって。やはり血は争えぬか。このままではいずれ……少々、喉が乾いたな。どれ、アイスティーをもらおうか」
店員「申し訳ございません、あいにくとアイスティーは切らしております」
雄山「それではアイスコーヒーを」
店員「それも切らしておりまして」
雄山「なぁんだこのみ……」
店員「ワインならございますが」
雄山「それでいい、早くよこせ！がぶがぶがぶ……」
店員「（ふふふ……）べりっ」
――変装を解く店員（ぷぢ子）。
ぷぢ子「うまく行ったわ。これを弱みにして銀河鉄道のDVD-BOXを譲ってもらおう」
雄山「だーっ！もう、けしからーん！」