クラインバルトの城

　帰りの機内は、さながら修学旅行の様であった。
　クラコンでの疲れが一気に吹き出し、ねじ子、ぷぢ子、そしてイリアまでもがシートでぐったりと横になっている。
　ひとり豪太郎は窓の外を見つめ、フライト前のインタビューを思い出していた。
　日本のテレビ局から不躾な質問――正直、ねじ子の絵の評判を理解しかねるといった意味合いの――をぶつけられ、彼は憤然と口を開いた。
「浮世絵ですよ。ありふれたくだらない絵だから、西洋の絵とは比べ物にならないから、とただ同然で放り出しておいて、海外からの評価を聞くやあわてて取り戻そうとした――失礼ですが、今の質問にはその愚かな行いと同じものを感じます。これからの私たちは人と違うことを気にせず、もっと才能や可能性を信じることが必要なんですよ。それにあなたの局だって、毎週アニメを流しているでしょう。そのスタッフや視聴者、スポンサーを軽視する態度は、いかがかと思いますよ」
　――力みすぎたかな……まあ、あれぐらい言っておけば放送されることもあるまい。
　マスコミや企業の力を待たずとも、いまや個人単位のネットワークで世界がつながっていることは、クラコンの成功を見れば明らかなことだった。
　良きにつけ悪しきにつけ、これからの自分たちはそれとつき合っていくのだろう――豪太郎はそう思った。
「……豪さん、起きてたの？」
　寝ぼけまなこのねじ子が、隣のシートにやってきた。
「まだ、到着まで時間があるよ。ゆっくり寝てなさい」
「ここで寝ても、いい？」
「いいよ」
「ありがと。今日は起きても、隣にいてくれると、いいな……早起き豪さん……早いね豪さん……ぐう」
　ねじ子はふたたび、静かな寝息を立て始める。
　――おやすみ、ねじ子さん。
　左手から伝わる体温を感じながら、豪太郎は妻の寝顔を眺めた。
　――かわいいなあ。きっとこれ、似合うと思うなあ。
　右手で開いたノートパソコンには、真新しいエプロンドレスの写真。
　さっき送ったメールが滞りなく日本に届けば、三日と経たずにマンションへ送られてくるだろう。
　ねじ子のクローゼットに、また一着。
　新たな悪夢の元にならなければいいのだが……豪太郎はそれを知る由もなかった。

―完―

【配役】

秋月ねじ子……三石琴乃
秋月豪太郎……置鮎龍太郎

浅茅不二子（ぷぢ子）……林原めぐみ
イリア・ビットマン……榊原良子
アンリ・クラインバルト……進藤尚美
画商のベルトラン……藤本譲
美麗……冬馬由美
ブルターニュの旋風……？

マーサ……池田昌子

---

【あとがき】

　８ヶ月ぶりのご無沙汰です。ねじ子さんが結婚してから初めての「大富豪同人物語」をお届けします。いつもいつも「おもしろいけど痛い場面も多い」と言われてましたので、今回はおもしろさに比重を置いてみたつもりですが、いかがだったでしょうか。アンリ王子の故郷をどうやってつじつまが合うような国にしていくか、には骨を折りました。ファンタジー小説を書く人は偉いなあと思いました。

　晴れて大富豪夫人になったねじ子さんですが、あまり性格は変わっていません。せいぜい漫画やＤＶＤを衝動買いしても（あんまり）後悔しなくなったぐらいで。テレビを見てネットをして漫画を読んで描いて、時々豪さんとお出掛けしておいしいものを食べられれば満足、な毎日を送っています。本編では描きませんでしたが、週３日くらいでアニメショップ（孕さんのお店）でパートもしています。今までいろいろたいへんだった分、マイペースを保っていくことが一番だと思っているようです。

　最後の方で豪太郎さんがインタビューに答えていますが、あれは私の考えがそのまま出ています。「周りと違う＝必ずしもダメじゃない」という見方がないと、これからの日本で生きて行くには（そして日本から世界に出ようとする時にも）ずいぶんきついんじゃないかなあ、と思っています。あと重要だと思うのは、発想力ですね。歳を取るにつれてどうしても無難に毎日を送ることで精一杯になってしまうのですが、どんな分野でも時として常識を越えたアイディア（「壮大な夢」とも言う）は必要だと思います。そういった意味でも、ねじ子さんたち同人女の方々の（ぶっ飛んだ）妄想には今後も注目していきます。

　忙しくなったので毎週の更新は止めていますが、今後も書き下ろしを続けていく予定です。今後とも、よろしくお願いいたします。

２００２年７月２１日　陽ざしの強い２階の部屋で
オードリー羽田