blusen4

　まさか仕事納めの日に、しかも打ち上げを兼ねて会議があるとは。
　差し込みで入ったとは言え、帰りの車中で豪太郎はひとり苦笑するほかなかった。
　――本当に、忙しい一年だったなあ。
　それだけ、実入りの多い一年でもあった。
　――そう言えばイリア君、よかったなあ。
　豪太郎のアシストが効いたのか、スケジュールをやりくりして王子が昨日来日した。
　妙につやつやした顔が気になったが、今日も同じ服で出勤したことまでは気づけない豪太郎であった。
　――来年も、みんな元気でね。
　車は夕闇迫る首都高速を、横浜へと向かっていった。

「お疲れさま」
　年末の秋葉原。
　大売り出しの店先に立つぷぢ子に、丈一が声をかけた。
　件の軍服ではないが、ブルーのブルゾン姿もやはり凛々しく見える。
「おう、そっちもお疲れさん。仕事納めだっけ？」
「うん。終わったら、いっしょに帰ろう」
「明日の仕込みで遅くなるけど、いいの？」
「ネットカフェで待ってるから、電話してよ」
「わかった」
　丈一の後ろ姿を見ながら、ぷぢ子は思う。
　――モデルガン、買わなきゃ。
　来年は同じジャンルのコスプレをして、丈一の隣に立つらしい。
　――悪い虫が付く前に、にらみ効かせるぜ！

　フランクフルト行きのビジネスシートで、イリアはＤＶＤを眺めていた。
　隣では、アンリが機内に持ち込んだエロ同人誌を読みふけっている。
　――やめてよ、もう。
　十七歳にしてオヤジ臭のしてきた彼氏を見る目は、少し穏やかではない。
　というか。
　――人妻本ばかり買ってるのはなぜなの？
　面と向かって聞きたいが、答えを考えると恐ろしい。
　――とりあえず、来年はもうちょっとシメないとなあ……。
　「姉さん女房」の気苦労は、簡単には消えそうになかった。

　――やれやれ。
　納会も無事終わり、静かになった最上階のロビーで、真理子はほっと息をついた。
　軽はずみの約束でえらい騒ぎになってしまったが、「会長夫人」の活躍もあって、なんとか無事に年末を迎えられた。
　――来年は、もう少し慎重に過ごそう。
　そんなことを考えていると、社長の入江がやってきた。
「じゃ、行こうか」
「ええ」
　地下駐車場から走り去る、黒のルノー・ラグナ。
「草津は結構降ってるらしいですよ」
「だと思って、タイヤ換えておいたよ」
　――とりあえず、宿に着いたら温泉にゆっくり浸かろう。リフレッシュしよう。
　真理子はそう思った。
　来年は、もっと忙しくなるだろうから。

「いやっほーッ！」
　自宅で豪太郎を迎えたのは、ねじ子の歓声だった。
　珍しく片づいたリビングで、テレビゲームの真っ最中。
　どこか懐かしい匂いのするロボットと、そのパイロットたちが一同に集結している。
　――ねじ子さんが、よくＤＶＤで見ていたやつだな。
　門前のなんとやら、である。
「あ、お疲れさまー」
　いちおう、ねじ子はソファから挨拶はしたものの。
　余程夢中になっているのか、徐々に脚はＭ字の形へと開いていく。
　――スウェットだから、別にいいんだけどね……。
　豪太郎はひとりシャワーを浴び、疲れた体をベッドで癒そうと思っていると
「おかえりなさ〜い」
背後から、妙に艶やかな声。
　振り向くと、白いブラウスに茶色のロングスカート――いつのまにか、ステージ衣装に着替えたねじ子が立っていた。
　――……。
　豪太郎は無言のまま、ペンライトを受け取る。
　そのまま背中を押されてねじ子の寝室まで行くと、ミニコンポから「とまらない想い」のイントロが流れ始めた。
　照明も、蛍光灯から床に置かれたミラーボールへと切り替わる。
「みんな、今日もよろしくねーっ！」
「……ねーじこさーん」
　どことなく気だるげな豪太郎の声援を受けて、ねじ子はベッドの上でライブをスタートする。
　――もう、一週間だよ……。
　夫の真意に気づかぬまま、今夜も日付が変わるまでねじ子は歌い続けるのだった。

　−完−


【配役】

秋月ねじ子……三石琴乃

浅茅不二子（ぷぢ子）……林原めぐみ
イリア・ビットマン……榊原良子
海老沢真理子……勝生真沙子

秋月豪太郎……置鮎龍太郎

アンリ・クラインバルト……進藤尚美
島村丈一……桜井孝宏
入江宏一……戸谷公次
比須田……茶風林
美麗……冬馬由美

ねじ子の妄想した青年実業家……羽賀健二
ぷぢ子の妄想した女性コスプレイヤー……根谷美智子

リチャード・ヤン……伊武雅刀

ダミ声のねじ子……曽我町子

マーサ……池田昌子

(注)"blusen4"の"bluse"とは、ドイツ語でブラウスという意味です。