大富豪同人物語：Web連載版　２ｎｄシーズン

　梅雨を間近に控えた、日曜昼下がりのビッグサイト。
　とある即売会の片隅、「お誕生席」に陣取ったねじ子の目の前で、最後の一冊が買い上げられた。
「ありがとうございます」
　礼を述べるねじ子の周りで、完売を祝う拍手が湧いた。
「おめでとうございます！」
　初対面ではあるが、どこか見知った雰囲気もある参加者たちから口々に誉められ、正直悪い気分ではない。
　だがどこか、その表情には晴れぬものがあった。
　荷物をまとめると買い物もそこそこに、ねじ子は帰宅の途についた。

「だからぁ、余計なことしなくていいって言ったのよ」
　だだっ広いリビングに、ねじ子の荒げた声が響いた。
「いや、君も続きを見たがってたと思ったんだけど」
　例によって、穏やかな口調で返す、豪太郎。
　せっかくの休みなのだから留守番だけしていればいいのに、キッチンには下ごしらえを終えた夕食の材料が並んでいた。
「こういう所もそうだけど、ちゃんとやってくれるのはうれしいのよ。感謝してるのよ。でも、今度のはそれが裏目になってるの」
「裏目？」
　半年ほど前、深夜枠で放映された学園ものアニメ。
　地味めなキャラクターデザインと雑な脚本が災いしてさほど人気は出ず、予定通りの話数を流した後は、チャートの上位を狙うでもないＤＶＤ（もちろんファンを唸らせる特典など一つもない）がリリースされて、それで製作委員会は解散した。
　だがそういった「ダメな作品」ほど、盛り上がるのがねじ子の習性である。
「毎週毎週生でみて、その後ハイビジョン録画を何回も見て、ＤＶＤも全話購入していたら、てっきり好きな作品だと思うじゃないか」
　豪太郎は困惑する。
　当然、同人誌作りにも熱が入った。
　お目当ては、不器用で幼さが残るが、明朗快活な主人公の中学生と、時折話にからむ、影のあるクールなクラスメイト。
　もちろん、どちらも男子だ。
「もうね、自分だけの世界、入れたの。ひっさびさに。あそこまで作りが適当なやつ、最近なかったから」
　えらい言われ様である。
「だったら続編があった方が、よくない？キャストもスタッフも都合をつけて、同じメンバーを揃えたし」
　なにやら物ほしげな妻を見て、願いを聞く前に何とかしてしまうのが、豪太郎の才能であり、欠点である。
　止めるものは何もない。
「うーん、だから、うれしいことはうれしいのよ。キャストの入れ替えもないし、スタッフも『所詮カネがあれば、お話は続くのです』なんて廚くさいブログ書いてないし」
　理由はどうあれ、誰もが喜んだ。
　ねじ子も、初めのうちは。
「『おいしいお店だけどガイドブックに載って混雑してきたらイヤだな〜。行列してまで食べる味じゃないしな〜』って雰囲気のご飯屋さん、あるじゃない。そういう感じなのよ」
「……」
　返す言葉もない。
　ネットやテレビ、雑誌を含めた大規模な広告展開、加えて傘下の動画サイトを使っての無料再放送。
　プロモーションとしては隙がない。
　完璧だった。
　ファンサイトは爆発的に増え、続編を待たずにつぎつぎと二次創作の輪が広がっていった。
　その結果が、今日の完売である。
　すでに古参の部類に入ったねじ子の本を、新参者たちがむさぼる様に買い、読みふけっていた。
「そこまでされると、引いちゃうんだけどなー。だいたいパイが狭い上にマイナーカップリングだったのが良かったんで。あんまし同カプサークルが増えても、うれしくないんだよなー」
「うれしくない？仲間が増えても？」
　豪太郎のふいの一言に、ねじ子が眉間にしわを寄せる。
「仲間じゃないよ、たまたま同じ作品見てるだけだよー。どこから来てどこに行くかなんて、シバリ入れたくないし、入れられたくないし」
「その、そっとしておいてほしいっていう感覚はわかったよ。すまなかったよ。だけど、おいいしいお店もお客さんが来なかったら、そのうちなくなっちゃうじゃないか」
　なんとか経営者の発想で、賛同を得ようとするが
「そしたら自分で作る。それに、いつか飽きる日も来るだろうから、面倒見ようなんて気は、最初からないよ」
元々の思想が違うのである。
　あらゆる意味で「フリー」な彼女を、豪太郎は説得できそうになかった。
「どうすれば良かったのかなあ」
うなだれた姿を見て、ねじ子は優しく答えた。
「いいって。流れには逆らわない主義だから」
「流れ？」
「そう、流れ。自然に湧くのもあるし、誰かが仕掛けたのもあるだろうけど、人気の流れに逆らったり否定してまで私、同人やる気はないから。身を任せながら、気の向いたときに気の向いた事をするから。だからあんまり、気にしないで」
　落とした両肩に手を置かれ、母親のようになぐさめるねじ子を見て、豪太郎はちょっと気分が晴れた。
「ありがとう。ご飯、作るね」
「よろしくです」
　程なくテーブルには隠れた名店の様な料理が並び、二人はゆったりとした気分で日曜を終えた。

　それから三ヶ月後。
　気のせいかどことなくテンションを下げたプロモーションの影響をものともせず、爆発的人気をキープしたまま、続編は始まった。
「そうか、今日は夏コミだったな」
　隣のベッドはからっぽだった。
　豪太郎はゆっくりと体を起こすと、枕元の携帯を手に取る。
「いってきます。お留守番よろしくね！」
　出がけに送ったであろう、ねじ子のメールが届いていた。
「流れに逆らわず、か。確かに自然体が一番だよなあ」
　豪太郎が一人頷いていると、今度は電話がかかってきた。
「ねじ子さん、具合はどう…」
　豪太郎がそう言おうとする隙も与えず、まくし立てる妻の声が耳元で響いた。
「あのね、全然足りないの！在庫！私の部屋に段ボール箱あるでしょ？それ全部クルマに積んで持ってきて！早く！あーもうこんなんだったら、たたき起こして最初っから持ってくれば良かった！じゃねー！」
　それだけ言うと、電話は切れた。
「……」
　パジャマ姿のままねじ子の部屋を訪れると、紙ゴミやペットボトルが散乱する床の上に、段ボール箱がうず高く積まれていた。
「F430じゃ、ちょっと無理だよなあ」
　トランクルームのないフェラーリでは、運べそうもない。
　レストアしたてのワーゲンバスに荷物を載せて、豪太郎は有明に向かった。
「流れには逆らわず、か……」
日差しに輝く逆三角形の建物を目にしながら、彼は静かにつぶやいた。

（２０１０年５月２３日、２００字×１７枚 ）

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　４年半ぶりの大富豪、お届けします。
　前のように毎週は無理ですが、これからは流れに身を任せつつ、気の向いた時に書ければ、と思っております。
　トップ画像（※）の車は、最後のシーンで豪さんが乗ってたワーゲンバスです（正式には「フォルクスワーゲン・タイプ２」と言うらしい）。
　丸っこいデザインが好きなんですが、これじゃないと運べない在庫って、ねじ子さんどれだけ刷ったんだろう？

（※）グーグルスケッチアップで作ってみました。