ねじ子の二次会

――初夏の陽射しがやわらいでいく、五月の夕暮れ。東京湾‐お台場を一隻の帆船が行く。船上にはねじ子と豪太郎、そしてその友人達。盛大な披露宴を終え、疲労と安堵の空気が漂う二次会。
ぷぢ子（キャビンで猛烈に食事中）
「いやー、疲れた疲れた。さすが大金持ちの結婚式は違うね！でっかい屋形船なんか出してさ！」
海老沢（ぷぢ子の隣であぐら座り）
「おう、ちょっと飲み過ぎじゃないの、お前さん」
ぷぢ子「バーロゥ、こんなの酔ったうちに入らねえっつーの！」
海老沢「姐さん粋だねえ！おい兄さん、こちらのお方に酒だ酒！冷やの『美少年』、あるだろ！」
イリア「……二人ともやり過ぎ」
ぷぢ子「いいんだよイリアっちは。そっちのリアル美少年の男汁でも飲んでれば！十代男子の生足たまんねー！ガーハハハハ」
アンリ（スコットランドのキルト風民族衣装で）「おとこ、じる？」
イリア「だからスーツにしなさいって言ったのに」
アンリ「でも、こういう時はやはり正装です」
イリア「恥ずかしいわよ、やっぱり」
アンリ「犬に裸を見られて、恥ずかしがる人はいないですよね？」
イリア「聞こえよがしに言った方がいいわよ、それ」
ぷぢ子（聞こえていない）「いいよ！いい！そのいたいけな表情！なーんにも知りませんて顔！でもいざって時は、ちょっと言えない所から男の毒液が、グゲッ！（たまりかねたイリア、手刀を振り下ろす）」
イリア「あ、強すぎたかな……左手でやったんだけど」
ぷぢ子「……（白目を剥いている）」
海老沢「まあ、いいんじゃない？少し舞い上がってたみたいだから。披露宴の途中から、この人こんな感じだったよ。ちょっと、テンションおかしかったかな」
イリア「やっぱり、ショックだったのかな。先を越されて」
海老沢「そうかなあ。むしろ、喜んでいた風にも見えた。時々、目も潤ませてさ」
イリア「そうね。何たって、あのねじ子さんがここまで立派に……」
海老沢「『あの』ってなんだい」
イリア「いや、それは、その」
海老沢「でも、私も同じ気持ち。何度見てもあの二人、夫婦になるんだって実感がわかないよね」
　――キャビン入り口で、嬌声。主役の二人――青いタキシードの豪太郎と紅いチャイナドレスのねじ子が、ぷぢ子達のテーブルに。
ねじ子「みんなー、今日は本当にありがとうーっ！」
豪太郎「おっと」
　――酔いが足に来ているねじ子、少しよろける。支える豪太郎。
海老沢「人という字は……」
ぷぢ子「ううっ、頭痛い。飲み過ぎたかな……」
イリア「はい、お水」
豪太郎「みなさん、本日はありがとうございました。王子もお元気そうでなによりです。海老沢さん。披露宴の件ではご尽力いただきまして、ありがとうございました」
海老沢「どういたしまして。こちらも、いい宣伝にもなりましたよ」
ねじ子「一階のフロアが吹き抜けでー。でっかい観覧車もあるしー、あそこでやれたらいいなあーって思ってたんだけどー」
ぷぢ子「しかし普通思いついてもやるかね、ああいう披露宴。らしいって言えば、らしいけどさ」
　
　――回想‐披露宴。お台場のテーマパーク「ハイパージオシティ」にて。
司会‐孕店長「新郎側友人を代表して、レオン‐ゴールドバーグ様のボディビルトークショーでした。みなさまもアブトロニックをお使いになれば、毎日わずかな時間のトレーニングで、あの様なすばらしい肉体が……失礼いたしました。さて続きましてみなさまお待ちかね、新郎新婦初めての共同作業でございます。カメラをお持ちの方は前にお越し頂き、お二人の晴れ姿をお納め下さい。よろしいですか？新郎新婦のお二人は今、新たな第一歩を踏み出します。みなさま今一度、ご盛大な拍手を！」
　――拍手とフラッシュに囲まれたねじ子が、得意げに黄金のホチキス（リボンつき）を掲げる。どよめきが広がる中、豪太郎が取り出した紙束を、二人で折っては綴じていく。
孕店長「ただいま完成しましたのはこの、新郎新婦の生い立ちから出会いまでを、コミックタッチにまとめた本でございます。執筆は新婦のねじ子さん自らが手掛けました。後ほど、みなさまにお配りいたします」

ねじ子「いっぺんやってみたかったのよ。自分の結婚記念本」
ぷぢ子「一度やりゃあ十分だって」
海老沢「まあ、うちのゲーセンで知り合って、披露宴で対戦ゲームやったカップルもいるって言うし……あ、ちょっと聞いていい？会場の前の方に座ってた、ちょっとテレビで放送しちゃいけない感じの女三人組、なんなの？」
ぷぢ子「ああ、それはねえ」
イリア「ねじ子さんの昔の友達だったんだけど、いろいろあったみたいで、ね」
海老沢「じゃあなんで豪太郎さんの友人席に」
ぷぢ子「そこがこの女の怖いところだよなあ」
ねじ子「ふふふー。あいつらにはいろいろと貸しがありまして。この際だから、私の立場をはっきりわかってもらおうと思って」
イリア「かわいそうに、披露宴の間じゅう震えてたよ？」
ねじ子「ちっちっち。それはあいつらの勝手。人の大事な披露宴に、すっぴんに毛が生えたままの顔して、小学校の卒業式みたいな厚ぼったいワンピースで来やがった、奴らの勝手だよ」

――ふたたび披露宴回想。豪太郎の友人席に座らされ、さすがに自分たちの場違いさに気づく三人。
へげ美「ちょっと、なにこの席。外人とかいるよ。日本人もナチュラルに英語で会話してるよ。なんか、浮いてない？私ら」
ぶよ代「あの、マジで質問なんだけどさ……ナイフとフォークって外から取ってくんだっけ」
ざら希「披露宴はおめでたい席だから、逆じゃなかったかなあ……」
へげ美「うわっ、いま目があったよ。なんか笑ってないか？ねじ子」
ぶよ代「てっきり、どこかのつまんないリーマンとくっついたのかと思って来てみたら」
ざら希「めちゃくちゃ大金持ち。あー悔しい！いったいどこで見つけたんだろう……」
へげ美「あいつまだ根に持ってるのかな、アレを」
ぶよ代「飲み食いとか寝泊まりとか、さんざん向こうのツケにしてきたやつ？」
ざら希「あの子のスペースに先回りして、届いてた段ボール箱ぜんぶ持ってちゃったやつ？」
へげ美「それに入ってた新刊、表紙に『死ね！』って書いてそ知らぬ顔で戻して……なんか心当たりがありすぎて、数え切れない」
ぶよ代「訴えられるかな、私ら」
ざら希「すご腕の弁護士とか、雇ってきそうだよね」
へげ美「あ、また目があっちゃったよ……」
ぶよ代「もう帰ろうよ……」
ざら希「居たくないよ、ここ……」
――震え出す三人。相席のフランス人から「ドウシマシタ？」と聞かれてフォークを落とす、へげ美。

海老沢「なるほど〜。積年の大怨（たいえん）ってやつだったのね。私もやろうかしら。」
ぷぢ子「敵多そうだからなあ〜この人は。会場がそんなんばっかで埋まるんじゃないか？」
海老沢「あんた程じゃない（ひじ鉄）」
ぷぢ子「いてて……ところで、新居の具合どうよ？文京区だっけ？でっかいお屋敷だったよなあ」
ねじ子「あー、そっちの本邸には住まないの」
ぷぢ子「じゃあ有明の豪さんとこ？」
ねじ子「そっちでもなくて、横浜にマンションを買ってもらいました。ランドマークの傍に」
ぷぢ子「あらま。クリスは今まで通り、一人で？」
ねじ子「その方がいいんだって。こっちもあの子のペースが良くわからなくて。正直、たいへん」
豪太郎「大丈夫、ねじ子さんが心配する事じゃないよ」
ぷぢ子「あいつ最近またイタさが増加してきて、そっちの方で心配なんだよなあ」
ねじ子「ボクっ子にならないといいんだけど」
イリア「ちなみにマンションですが、正確には『買ってもらった』ではなく『作ってもらった』です。一階がコンビニ兼スーパー、二階がＰＣ量販店。その上が二十四時間営業のＤＴＰショップと画材屋。四階が大型書店とネットカフェ。お部屋は最上階のワンフロア全部、もちろん光ケーブルや各種衛星テレビ対応。すべて社長がねじ子さんのために、一からセッティングしました。一歩も外に出なくても、じゅうぶん生活できるのです」
海老沢「はぁ〜。まるで要塞だね。リーマンが小金貯めて外車買うのがかわいく見えるねぇ」
ぷぢ子「ウチのオンラインショップで、海老沢さんとこのゲームも買ってね。でも、デブの出不精になるなよ〜」
ねじ子「孕さんとこのパートも続けてきます」
ぷぢ子「マジ？なんで専業主婦しないの？」
ねじ子「ぜいたくな気もするけど、なんか、社会と接点がなくなっちゃうの、不安なんで」
海老沢「ん〜、わからんでもない。だいたい旦那さんはなかなか家に帰ってこないだろうし、一日中一人で家に居るのもねえ」
ぷぢ子「あんたは喜んで街に出歩くタイプでもないしねえ。さびしいだろうから、暇を見て遊びに行ってやるよ」
ねじ子「ありがとう。みなさんも来て下さいね」
ぷぢ子「ってさ、真に受けて日曜の昼とかにベル鳴らしたら、部屋ン中でガサゴソ音がして、ちょっとほつれた髪のねじ子が出てきて。なんか顔もいやに上気」
イリア「……ぷぢ子さん？（左手を振り上げる）」
ぷぢ子「なんだよォ、なんだかんだ言って、こいつら新婚さんだぜ？」
海老沢「豪さんて、そっちの方も真面目そうだから、きっとたいへんよ〜？」
ねじ子「そ、そうなの？」
豪太郎「さぁ……（意味ありげに笑う）」
ぷぢ子「（鼻をつまんで）二十八歳、結婚一年目の主婦です。今日は夫の性癖のことでご相談が……」
海老沢「（受話器を持ち上げる仕草で）そりゃね、奥さん。旦那さんにつきあってあげなさいよ！社長さんてストレスが溜まるんです。コスプレが好きなんてかーわいいじゃないですか！セーラー服でも着てさ、愛し合ってみましょうよ、ねえ！」
ぷぢ子「はい、そうですね。がんばってみます！ありがとうございました」
イリア「どこからこういう言葉が出てくるのかなあ」
ねじ子「あんまりくだらないこと抜かすと、ブーケ返してもらうわよ」
ぷぢ子「ちぇっ、偉そうに。現実に逃げやがったくせにさ！」
海老沢「バーチャル世代ってやつかしら」
イリア「それは違うんじゃないの」

――二時間後。ホテル日航東京、ラグジュアリガーデンスイートルームにて。
豪太郎「ああ、疲れた。ねじ子さん、お疲れ様」
ねじ子「豪さんもお疲れ様でした。お天気でよかったなあ」
豪太郎「そうだね。みんなも喜んでたし、こうやって夜景も楽しめるし」
ねじ子「でも、ちょっと広すぎな気もするけど……」
豪太郎「このジャグジーが？」
ねじ子「お部屋全体が。パンフレット見たら、百二十平米ですって？」
豪太郎「まあ、二人きりだとちょっと広いかもね」
ねじ子「心配だなあ。これからこういう生活が続くのかと思うと」
豪太郎「いいんだよ、ねじ子さんの好きなようにやってくれれば。パートだって続けていいんだし」
ねじ子「でも社長夫人って、パーティーとか呼ばれるんでしょ？」
豪太郎「財閥やメーカー系はそうだろうけど、はっきり言ってアキヅキは成金だから。お声もそんなに掛からないし、気取る必要もないよ」
ねじ子「そうなんだ。あー、安心した」
豪太郎「でもやっぱり英語くらいは、ちょっと話せた方がいいかもね」
ねじ子「それを言わないでっ」
――同時刻。横浜中華街「上海亭」にて。
女店員「いらっしゃいませ」
ぷぢ子（サングラスにコート姿。妙に低い声で）
「予約していた、山田だ」
女店員「お二階へどうぞ」
――同二階、個室。先客の姿を見てちょっと笑みが漏れるぷぢ子だが、すぐ渋い顔に戻る。
ぷぢ子「合い言葉だ。『秋の日のヴィオロンの』」
男「『ひたぶるにうら悲し』……でしたかな。お待ちしておりました」
ぷぢ子「（ハンドバッグから包みを取り出す）挨拶はいい、取引と行こうじゃないか。こいつはカネで買えない代物なんだぜ」
男「よろしいでしょう。こちらが報酬です、ご確認ください」
ぷぢ子「おっ……た、確かなんだろうな」
男「よくご覧下さい。こちらもお金には替えられないものです」
ぷぢ子「幅四十ミリ、長さ百ミリ、百三十キロコート紙。三色刷の型押しにレインボーの箔押し、ナンバリングあり。中央にラテン語でコミケと透かし文字。念のために……（紙を噛むぷぢ子）……間違いない、夏の三日連続入場券だ。こっちのブツはどうだ？」
男「（包みを開け、ビデオカメラを取り出す）……最初の方に映っているのは、あなたですか？」
ぷぢ子「あっ」
男「テストされたんでしょう、よろしいです」
ぷぢ子「（くそー、ランジェリー姿で試し撮りなんかするんじゃなかった）」
男「ああ、披露宴のご様子が確かに。豪太郎様もねじ子様も、お元気そうで何よりです。ありがとうございました」
ぷぢ子「そっちの事情は、聞かないでおくぜ。お互い、訳ありだからな」
男「お願いいたします」
ぷぢ子「じゃ、失礼する。用があればまた」
男「わかっております。秋葉原駅の伝言板に」
――店を出るぷぢ子。後ろを振り返り、誰もいないと見るや小躍りして走り去っていく。
店員「ずいぶん力の入ったお客様だったね」
男「美麗（メイリィ）さんも、ありがとうございました」
店員「どういたしましてね。ところであの人、私と同じ匂いしたね。どこかでまた、会える気がするね」
――再びホテル日航。ジャグジーから上がった豪太郎とねじ子、ガウン姿でくつろぐ。
ねじ子「わー、夜景がきれい！こうなるとやはりワイングラスよね。くゆらせて〜、と」
豪太郎「それよく言われるんだけど、本当はブランデーじゃないかな……おや、ルームサービスか」
ねじ子「お腹空いちゃったんで、たくさん頼んだの。いいでしょ？」
豪太郎「いいよいいよ……あ、でもワゴンちょっと多すぎじゃないかな」
ねじ子「三台目からはディナーじゃないんだよ〜。ほらっ」
――ワゴンからクロスを外すねじ子。現れたのは……山積みのコミック雑誌と同人誌、そしてジャンクフード。
豪太郎「いやー、まさかとは思ったけど」
ねじ子「だってさーっ！式の準備やら引っ越しやらでロクに読めなかったんだもーん！シティにも出られなかったしーっ！」
豪太郎「マンションの書庫、今年中に整理してね」
ねじ子「はあぁ？聞こえんなあ！」
豪太郎「……」
ねじ子「あー、いい男と美味い飯と同人誌が目の前、サイコーッ！豪さんも、好きなテレビ見ていいよー！」
豪太郎「……（まさか徹夜で読み続けるんじゃあ、ないよねえ）」

−終−

【配役】

秋月ねじ子……三石琴乃
秋月豪太郎……置鮎龍太郎

浅茅不二子（ぷぢ子）……林原めぐみ
イリア・ビットマン……榊原良子
アンリ・クラインバルト……進藤尚美
海老沢真理子……勝生真沙子
孕店長……速水奨

上海亭店員・美麗……冬馬由美
上海亭の男……肝付兼太

---

【あとがき】

　ひょんなことから豪さんとのおつきあいがはじまって早２年余り、とうとうねじ子さんも結婚と相成りました。これもひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます。ちょっと本業が忙しくてWeb連載の方は中断してますが、しばらくは大きなイベントに合わせての書き下ろしで行こうと思っています。よろしくお願いいたします。

　王子様と結婚してめでたしめでたし……という話はいろいろありますが、豪さんの資産（ビル・ゲイツ１３人分という設定なので、８７．８兆円！）が自由に使えるとなったら、 "姫"はいったいどんな生活を始めるのだろう……と考えると、作者ながら楽しいものがあります。普通だったら買ったり投資したりするであろう事柄（ビッグサイトだって半永久に借り切れる。なんだったら隣に専用ホールを建ててもいい）が数多くありますが、ねじ子さんは無類の不精者で引っ込み思案（年中はしゃいでる様に見えますが、それは豪さんや知人達の前だからです）なので、オンラインショッピングでゲームやＤＶＤや雑誌をドカっと買うのが関の山かなあ。あとはイベント用のよそ行きを奮発――ローラ・アシュレイとか。でもそれもきちんと仕舞ったりしないんだろうなあ。目に見えるようであります。でも、そのいい加減さが好きだって言うから、お金持ちはわかりません。

　夏のお話はあれこれ考えてはいるのですが、まだ決まっていません。なるべくスカーッとした話を心がけているのですが、気を抜くといつもの「痛くて泣けるエピソード」が紛れ込んできそうで……まあ、気負わずにやっていきます。では、またお会いしましょう。

２００２．５．１　自宅にて　オードリー羽田